After One Year [ "To Heart" SideStoryHMX-13 セリオ ]
(前作『神様が〜』の1年後のお話です)


-Prologue-

 8月31日深夜。


 厚手のカーテンを閉め切り、照明もすべて消して真っ暗な部屋の中、部屋の主である女の子が一人、何かを想いながら自慰に耽っている。

 右手でまさぐるのは控えめな胸。 若干芯が残る少なめの膨らみををゆっくりゆっくり掌で揉みほぐしながら、すぐに硬くなる頂きを親指と人差し指でさらに弄んでやる。
 左手では淡い茂みをまさぐる。 掌で全体をゆっくりと回すように揉んでやると、すぐにしとどに濡れてくる。 最近では一番敏感な部分をも巻き込んで揉んでいるためか、とみに濡れ方が激しくなっている。

 やがて手の動きは激しくなり、躰は熱く火照り、息も甘く細かくなってゆく。
 何も考えられなくなる寸前の頃合いを見て、胸の膨らみを握りしめ、茂みの中の宝石を中指で弾いてやる。
「ああっ! あああああっっっーーー!!」
 途端に躰が弓なりにしなり、お腹の奥から断続的に熱い液体がほとばしる。
 そして意識は……遙か彼方に飛ばされてしまう。


 暫くすると意識が戻る。
 小水を漏らしたわけではないので部屋の中は臭くはならないが、それでも自己嫌悪に陥るのはいつものことである。

「またやっちゃったよ……。 明日から学校だっていうのに…………」

 おもむろに彼女はベッドから起きあがり、部屋の電気をつける。
 幼少の頃から馴染みのある学習机は頑丈な木製、その机の上の目立つ位置に飾ってある1枚のDVDケースをおもむろに抱きしめ、過ぎ去った過去に想いを馳せる。

「セリオさん……、わたしやっぱりさみしいよ…………」

 そして彼女は静かに泣き出す。
 これがいつもの……虚しい自慰の後の彼女の習慣であった。


 久遠寺燐:高校2年生。
 今日は彼女の17歳の誕生日。 以上はその日の夜の出来事。

 そして明日から……新学期が始まる。

-Chapter 1-

 9月1日。


 今日は2学期の始業式。
 昨晩ひとりで燃えたせいか、なんとなくからだが怠い。
 だからといって、そのたびに学校を休んでいては、せっかく普通に学校に通わせてもらっている両親及び祖父に対して申し訳が立たない。
 人よりは少なめであろう朝食をとり、家の者には元気を装い、ほぼ1ヶ月ぶりに学校へ向かう。


 今通ってる学校へは、通常徒歩20分の所を30分かける。
 去年の2学期に転入した当初は、虚弱体質の者には厳しい距離故に、祖父がチャーターしている専属リムジンで登校していた。
 だが、今度の学校で友達が出来るようになってからは、出来るだけ友達と歩きたいと思ったときから少しずつ歩くことを始め、今年の1学期当初からはリムジン送迎がいらないほどにまで体力がついた。
 もっとも、祖父のおせっかいで、学校近くには例のリムジンが常に隠れているのだが……。


「おはよー」
 燐の元気な声が校門前に心地よい。
 登校時間帯の賑わいはたいていどこの学校でも一緒だが、特に燐の場合はクラスメートには必ず声をかけるので、その時だけ少し騒がしさが増す。
 だが、その騒がしさが逆に人気を呼び、燐も今ではすっかりクラスの人気者になっている。
 ついでに言うと、先輩後輩問わずに好意を持つ者も少なくなく、一学期後半には毎朝毎晩の下駄箱にラブレターが詰まっている状態にまでなっていた。

 ……だが、燐には想い人がいる。

 おそらくその想いは永遠に叶わないであろうが、それでも燐は交際の申し出をわざわざ差出人の所へ行ってまで断り続けていた。
 一部ではすでに「難攻不落」とも言われる燐だが、それでもラブレターが減らないのは、燐のこのような律儀な性格のなせる技なのだろう。


 朝の教室、なぜか今日は雰囲気が違っていた。 それもどうやら始業式だからと言うわけではなさそうだ。
 早速燐はクラスメートに声をかける。
「おはよー。 ねーねー、何かあったのー?」
「あ、燐おはよー。 なんかさぁ、このクラスに転入生が来るらしいよー」
「え? そーなんだー。 なんだか楽しみだなぁー」
 燐も転入組である。 最初の心細さを解っているが故に、出来るだけお世話とかしてあげようと考えている。
 だが現実は、そんなささやかな燐の予想を遙かに上回る衝撃で、学校中を襲った。


 この学校では、始業式の後に授業という野暮なことはしない。 ただ、一時限だけレクリエーション時間なるモノがあり、その時間に通信簿の返却や宿題の提出等をまとめて行う。
 しかし、燐のクラスの本日の目玉は、なんといっても転入生編入だろう。 始業式前に担任がわざわざ予告していったのだから、いやが上にもクラス中が盛り上がっている。

 そんな中、時間になって担任の柊妙子がやってきた。
 知る人ぞ知るところだが、実のところ彼女は燐を追ってこの春に学校を移動した口で、彼女の手腕がこの辺りの学校で高く評価されているのを知っている学校側が、気を利かせて燐の担任というポストを用意してくれたらしい。 ちなみに、担任以外の担当は、前校同様養護教諭と保健室の主だ。

「はいはい。 始めるよー」
「せんせー、転入生はー?」
 妙子が一人で来たもので、クラスのお騒がせ組が早速問い合わせる。
「あとで校長先生がすっごい美人連れてくるから、もすこし待ってなさーい」
『おおおぉぉーーっっ!!』
 クラスの男連中がやたらに色めきだつ。 逆に、燐を含めた女連中は「やれやれ……」ってな感じであきれかえる。
 まぁ、なんだかんだ言っても、普段は余所もうらやむほど雰囲気の良いクラスなのだが、今日に限ってはその雰囲気が数分で消し飛んだ。

 こんこん……
 しばらくして、校長先生が転入生を連れてきた。
 妙子が対応している間、クラス中が固唾を呑んで見守る。
 そして、入ってきた転入生は……、なにやら違和感を伴って教室に現れた。
 端整な顔立ちにスレンダーな体つき、身のこなしは毅然且つ優雅で、なるほどなと思わせる美人と言っていいだろう。
 ただ、男連中がオレンジのロングヘアーに見とれつつも、耳に妙なものがついていることに気がついた。
「……メイド、ロボ……だ…………」
 一人の男子生徒がそう呟いたとき、教室中がしばし声を失った。 燐に至っては、信じられないモノを見るような目つきで、じーっとそのメイドロボを凝視している。
 昨晩の余韻か、燐の顔は恥ずかしげも無く紅潮し、ショーツがじんわりと濡れてくる。
「……セ、セリオ……さん…………?」
 静寂を破った燐の声に、クラス中が振り返る。 そこで妙子が口を開いた。
「はいはい、ちゅーもーく。 みんな、あっけらかーんとしてないでこっち向いてー」
 妙子はクラス中を教壇に向かせた後、転入生の紹介を始めた。
「実は、久遠寺さんと私は初対面じゃないんだけどー、来栖川電工のメイドロボット試作機のセリオさん。 今日から2学期いっぱいまでテスト通学って事になったから、みんな、仲良くしてやってねー」
 クラス中が唖然としたまま、そのセリオが自己紹介を始めた。
「−−来栖川電工HMX-13型、セリオともうします。 今回のような長期に渡るテスト通学は初めてですが、皆様宜しくご指導の程お願いいたします」
 セリオ自身の自己紹介が終わっても、クラス中は唖然としたままだ。
 これも無理のない話で、この学校の生徒でメイドロボが家にいる家庭はほとんどない。 ましてや、此処まで芸術的に人間そっくりのメイドロボなど、今現在でさえ「マルチ」と「セリオ」しか存在しないのだから、即座に反応できる方がむしろおかしいのであろう。

 ここで妙子は席替えを強行、セリオを窓側の最後方に、燐をその隣に固定した上で、残りの生徒はくじ引きで適当に決めさせた。 妙子が始めから燐をセリオの世話役にするつもりだったのが見え見えだ。
 まぁ初対面でないのだから……と妙子がは安易に考えていたらしいが、実はそれが見事な誤算で、メイドロボの試験導入に関しては、記憶メモリーをフォーマットされた状態から始めるから、セリオに言わせると『すべての方が初対面』という事になる。
 だから、燐と席が隣同士になっても、セリオからは簡単な挨拶しかなかった。
「−−久遠寺さんでしたね。 これから宜しくお願いします」
「うん……よろしくね。 セリオさん」
 燐は、今はただそう返すしかなかった。


 燐はその日、久しぶりにリムジンを呼んだ。 セリオのことで動揺してしまい、まともな精神状態にはなかったからだ。
 本当は、セリオが再び自分の前に現れてくれて嬉しいはずなのに、試験当初は今までの記憶がない状態から始まることはわかっているはずなのに……。
 学校や車の中では我慢出来ていた涙を自分の部屋では抑えきれなくなり、夜遅くまで一人で泣いた。
 高校も2年生になり、最近は学校のムードメーカーとまで言われている燐も、さすがに想い人のセリオの事となると、心の動揺を隠すことが出来ない。
 ……だが、そこは最近の女の子。 いい加減泣き疲れると、立ち直りも早かった。
「今はまだ試験運用中で、DVDであのときの記憶を呼び戻す事は出来ないけれど、それならそれで、新しい記憶を刻みつければ良いんだよね……」
 と、ひとりごちて、明日からのために寝ることにした。
「そう。 今回の試験期間は2学期終了までたっぷりあるんだから……」
 そう思うことで、すぐに眠りに落ちることが出来た燐であった。

-Chapter 2-

 10月。
 セリオ初の長期運用試験も、無事に一ヶ月が過ぎていた。
 編入当初には殺到していたギャラリーも、最近では周りが慣れたのか、すっかり沈静化している。

 そんな中、一人精力的にセリオの気を引こうとしている女生徒がいた。 誰あろう、久遠寺燐だ。
 衝撃の再会から一ヶ月、燐はセリオのマネージャーさながら、終始離れず彼女に付いてまわっていた。
 隣席ゆえの授業の手ほどきから、最初の頃のギャラリーの整理、ロボットゆえに向けられる非難・侮蔑への対応、果ては「研究」と称して捕獲・解体しようとする一部の心ない者の撃退まで。 そんな燐に対する非難も一部にはあるものの、燐自体はそれを一蹴、さも「愛する者を護るのは当然でしょ」とでも言わんばかりに、終始セリオにくっついていた。

 クラスもこの頃になるとあきらめの境地に達したのか、そんな二人を別個のモノと考えるようになっていった。



 そんなある日、燐が倒れた。
 原因は言わずもがな。 体がもともと丈夫ではないのに、セリオの事で休まず頑張り過ぎた為だ。
 一学期までは、燐が倒れたとなるとクラス総出で大騒ぎとなったものだが、さすがに今ではそれはない。
 結局、セリオが燐を保健室まで運ぶ形となった。

「セリオさん、ごめんね。 迷惑かけちゃって」
「−−いえ。 困った人を助けるのは当然のことですから」
「うん……ありがと」

 燐が弱々しく謝るが、セリオは未だ冷めていた。 そして、静かに言った。

「−−燐さん」
「なに? セリオさん」
「−−私の事なら心配は無用です。 どうぞゆっくりお休み下さい」

 一種の命令、、、事実上の「解雇通告」であった。
 感情を込めて言えば気遣いになる言葉も、無表情のセリオから言われればそれは強力な武器、、、命令と化す。

「……セリオさん、今まで迷惑だった?」

 燐が不安を口にする。
 だがセリオは、そんな燐の不安など意に介さず、きっぱりと答えた。

「−−燐さんが私のために動いていてくれた事には感謝します。 ですが、それでは長期試験の意味がありません。 例えどんな形であれ、私が一人でどこまで出来るかを試験に来ている訳ですから」
「そうだったんだ……。 今までごめんね……」

 答えをある程度予想していたのか、いつしか涙目になりながらも燐はセリオを見つめて謝った。
 だが、そんな燐にもセリオは冷静に、最後の言葉を放った。

「−−私は授業に戻りますので、失礼します」

 そう言うと、セリオは静かに保健室を出ていった。 一人残された燐は、何も言えずに布団を被り、いつしか大声で泣いていた。



「ただ〜いまっと♪ ん?」

 授業が終わって保健室に帰ってきた妙子は、部屋の中に人の気配を認めた。
 カーテンこそ閉まっていないものの、2つあるベッドの一方が膨れている。 だが、掛布団を丸々被っており、誰かは分からない。 せいぜい膨れている大きさから、女子生徒だろうと分かるぐらいだ。
 妙子はおもむろに、でもそ〜っと掛布団を捲ってみた。

「だ〜れかなぁ〜? ……あらら」

 布団の中身は燐だった。
 今はぐっすり眠っているようだが、敷布団が少し濡れており、燐の目のまわりも赤くなっていたので、泣いていたのであろう事がそれとなく分かる。
 妙子は、燐を起こさないようにそっと掛布団を戻し、起きたときのために紅茶を煎れる。 ちなみに葉っぱは「カモミール」で、これには元々気分を和らげる効果がある。

……………………。

「……あ、先生。 すみません」

 紅茶の香りに燐が目を覚ました。 それに反応して、妙子が優しい笑顔を見せる。

「どした? 燐ちゃん。 遂にダウンしたかな?」
「…………はい、、、少し、頑張り過ぎちゃいました」
「少しじゃないだろ、キミは。 端から見てて、いつ倒れるかと思って心配だったんだぞ」

 妙子はちょっと困った顔でそう言って、燐に紅茶を差し出す。

「すみません……。 今にして思えば、かなり無茶やってましたね……」
「まぁ、元気なのは良いんだけど、程々にしないとね。 何にしてもそうだけど」

 妙子の優しい一言と紅茶で気分がゆるんだのか、燐の目に再び涙が滲む。

「…………そう……ですね……。 わたし……やりすぎちゃった…………」

 こうなると、もう燐の涙は止まらない。
 さりげなく燐のカップを取り上げ、妙子がベッドに乗っかって胸を貸す。
 妙子は、今は何も言わず、何も聞かず、しばらくの間燐の好きなようにさせた。

-Chapter 3-

 11月。
 柊妙子は悩んでいた。

 先月の保健室での一件以来、燐はセリオにベタベタするのをきっぱりやめたが、精神的に相当参ってしまったのか、それ以来今までの明るさは形を潜め、すっかり鬱ぎ込んでしまっていた。
 今まで遠巻きに見ていたクラスメートもさすがにコレにはびっくりしたらしく、何事かと燐やせリオに詰め寄る場面もあったそうだが、燐は気丈にも『わたしが悪いんだから、セリオさんを攻めないで』とまわりに釘をさしつつ、それでも『自分のことはしばらく放って置いて』と言って一人になるのを好んだ。

 結局、なんだかんだ言っても、燐のカリスマはこのクラスでは絶対らしく、以降表向きではあるが、周りは二人を特別扱いしなくはなった。
 だが、クラス全体が余所余所しい雰囲気に包まれているのは誰の目にもあきらかで、そのあたりがクラス担任としての妙子の悩みであり、また、以降燐が保健室等で妙子に相談を持ちかけてこないのが、人間「柊妙子」としての悩みでもあった。

 実は、妙子には後者の理由の方が悩みは重い。

 確かに燐のパワーに便乗してクラスの雰囲気を盛り上げていったのは他でもない妙子だし、また古くからの付き合いで気心が知れている燐にクラス一切を任せていた部分もクラス担任としてはあった。
 だから燐が消沈しクラスの雰囲気が悪くなってしまったのは、それこそ自分が今まで貯め込んでいた"ツケ"であり、自分が率先して動かなければ事態は好転しないことも分かってはいた。
 だが、人間「柊妙子」は、今でも燐をクラスメート以上のレベル、、、一人の人間として頼ってきており、その燐が自分に悩みをうち明けてこないことで個人的に落ち込み、正直、クラスの悩みどころではなかった。

「担任失格よね……私」

 妙子が入居しているマンションの一室。
 最近の妙子は、風呂上がりに酒をあおるのが習慣になっている。
 本来酒に強くない妙子は今まで、飲みたいときにはホットのアールグレイ(注:紅茶です)にブランデーを少し垂らして飲んでいたが、最近ではそのブランデーをストレートでちびちびと飲っていた。

「今更だけど、私、、、燐ちゃんがいないと何も出来なかったんだね……」

 妙子は、今まで燐に頼っていた自分を、改めて実感していた。
 大学に合格して単身で北海道から上京して以来、妙子は家庭教師の仕事を通じて燐と二人三脚でここまでやってきた。
 お互いに悩みをうち明け、また一緒になって喜びを分かち合って来たからこそ、ちょっと年の離れた親友同士という認識で今までは付き合って来れた。

 だが最近になって、それが特別な感情にまでなっているのに気が付いてしまった。

 もちろん、妙子は燐の担任である現状、おおっぴらに付き合うわけには行かない。 それ以前に、燐の想い人がセリオであることを聞いているから、モーションをかけても無駄だということは承知している。
 だが届かない想いは、燐同様妙子にも辛い。

「…………………………………………」

 酒に溺れる自分に苦笑しつつも、いつしか妙子の手は、酒で火照った自分の躰をまさぐっていた。

 実は、妙子には男性経験がない。
 大学時代にはファンクラブがあったほどの容姿でありながら、それらの面子に誠意がなかったという理由で、この歳までオトコは作って来なかった。 もちろん、今だって彼氏はいない。
 かといって、『彼女』がいるのかというとそういう訳でもなく、ただ単にそういう出会いが今まで無かっただけの話なのだが、実際は遅熟なのに加え、「燐」という存在がそれらの存在を補って余りあった。

 ……だから、いまさら性に目覚めた妙子には、今は燐しか写っていない。
 男性女性関係なく、今は燐と一つになりたいと、、、心からそう思っていた。

「!!」

 いけないとは分かっていても、想いが詰まっているだけに果てるのもまた早い。
 酒の力を借りているとはいえ、燐を想って自慰に耽るここ最近、躰の快楽と共に、言いようのない虚しさも同時に味わってきた。

「燐ちゃんも、、、セリオさんを想って、こんなコトしてるのかな……」

 妙子は、窓から見える月に向かって、ふとそんなことを呟いていた。

-Chapter 4-

 12月。
 セリオの長期試験は今までに特別なトラブルもなく順調で、この分で行けば12月末には無事試験終了予定である。
 だが、単純に喜んでいる来栖川電工スタッフの知らないところで、セリオの存在は近くにいるふたりの女性を深く深く傷つけていた。


 一方、その当事者であるところの久遠寺燐と柊妙子は、保健室にいた。
 妙子が「あの一件」から続く燐の元気の無さに溜まりかねて、ついに燐を呼び出したのだ。

「寒くなったわね、燐ちゃん。 はい、お茶。 熱いから気を付けてね♪」
「……ありがとうございます。 ……先生、、、アールグレイ、好きですね〜」
「うん。 私にはコレが一番落ち着くから……」

 アールグレイは通常アイスで飲むもの……と決めつけているヒトも多いと思うが、ホットでもきちんと煎れれば美味しく仕上がる。 このふたりは、その趣味に置いて完全に同意見、且つお互いに好きなブレンド紅茶として認識していた。
 そんな訳で、保健室ではアールグレイの葉っぱを切らすことがないように、妙子が常に気を配っていた。 もちろん、葉っぱの調合も妙子が独自に行っていて、他の女性教師がわざわざ飲みに訪れるほど、学校内でもこのブレンドは密かに知られた存在だった。


 保健室に、しばしの安らぎの時間が訪れる。
 燐とふたりで飲む紅茶の時間……、妙子自体は今までそれで満足していたが、さすがに今日はとある決心を胸に秘めていた。
 燐が紅茶を飲み干した頃を見計らって、妙子が口を開く。


「セリオさんの事だけど……」
「は、はい……」

 妙子がセリオのことを口にしたことで、燐の身体が震えだした。 動揺が手に取るように分かる。

「彼女、今回は本当に"ロボット"してるわね……。 フォーマットに気付かなかった私も馬鹿だけど、それ以外にも何か色々と手が入れられてるんじゃないのかな……」

 妙子が率直な意見を口にする。
 此処で、燐はやっと重くなっていた口を開きだした。


「少し前に、来栖川電工のメンテの人がお爺さまの病院に来たんです。 そこで、それとなく聞いてみました。 ……セリオさんのこと」
「お爺さまの病院に何体かいるメイドロボ看護婦さんのメンテね。 ……それで?」
「……セリオさん、、、初回試験の時に不備があったらしいんです。 たぶん、わたしとのコトだと思うんですけど……。 それで、、、そのまま他の所へ出すわけには行かないって、かなりの改造が……なされたみたいで、、、」

 いつしか、燐は涙目になっていた。
 妙子はその涙をそっと拭ってやり、軽く抱きしめてあげる。
 そんな妙子の優しさに、燐の理性はすぐさま崩壊した。

「……どうしてっ! どうしてあれじゃいけないのっ! 人間らしいロボットっていちゃいけないのっ! わたし……わたしっ! 絶対に許せないっ!」

 燐が久々に見せる激情の解放。 それでも、妙子は燐に対し、非情なことを言わなければならなかった。
 燐のため、そして自分のために……。


「燐ちゃん、良く聞いて。 セリオさんは今はあなたのモノじゃないの。 来栖川電工の試作メイドロボット、HMX-13型でしかない……来栖川電工のモノなのよ。 だから、あちらがそういう仕様にしたいんだったら、私たちは基本的にそれを黙ってみているしか出来ないの。 分かるでしょ」
「分かってるわよっ そんなことっ!! ……でも、でもそれなら何故、わたしの目の前に現れたのっ!? 現れなかったら、現れなかったらわたしは、幻想だけ追って生きて来られたのにっ!!」
「燐ちゃん、、、気持ちは分かるけど、でも現実は……」
「先生になんか、わたしの気持ちなんてわかる訳無いじゃないっ!! わたしの好きな人は人間じゃなくてロボットなんだからっ!!」

 妙子が静かに諭すが、それでも燐は冷静にはなれず、泣き叫びながら本音を吐いた。
 ……だが妙子は、、、最後の一言にすぐさま反応した。

「わかるわよ。 人間だろうとロボットだろうとオトコだろうとオンナだろうと、好きな人に想いが届かないのがどんなに辛いことかぐらい。 あなたはロボットを好きになったことで自分を特別視しようとしてるみたいだけど、それじゃ生徒を好きになった担任というモノを考えてみなさいよ」

「せ、先生、、、、、、んんっ!」

 妙子は、その「最後の一言」に理性を外し、低い声で静かに本音を放った後、、、その口で燐の唇を塞いだ。

「燐ちゃん、あなたは以前どうやってセリオさんを落としたのよ……」

 止める気は、更々無かった。 なにせ妙子は、こうなることを望んで燐を此処に呼び出したわけだし、燐は燐で、妙子の隠された本音に気付かず、言ってはいけないことを言ってしまったのだから。


「んっ……んっっ……んんっ……んんっっ……」
「んっ! んっっ! んんっ! んんんっ……」

 妙子の舌が燐の舌を蹂躙する。
 最初は訳も分からず蹂躙されるがままの燐であったが、哀しいかな感じやすい躰は苦痛をすぐさま快楽に変えてしまう。
 ……やがて、燐の方が積極的に舌を踊らせるようになり、妙子はそれを見計らって唇を離した。


「……やっぱりね」
「…………え?」
「あなた、『はじめて』がセリオさんだったんでしょ。 で、あまりにもあっちが敏感に反応するから、凄く気に入ってしまった…………違う?」
「そ、そんな……、わたし……、わたしは…………」
「だってあなた、経験無いはずなのにやたらと『うまい』もの。 きっと、天性のレズっ娘なのよ、あなた。 今だって、私の動きにすぐさま反応してるし……」
「うそ……そんなことない…………、わたしは……セリオさんが…………」
「じゃ、証明してあげる。 あなたがどんなに淫らな娘か……」

「や……いやっ!!」

 妙子はすかさず燐のショーツを抜き取り、あそこの部分が糸を引いているのを確認してから彼女の顔の前に持っていった。
 とたんに燐の顔が真っ赤になり、脚をもじもじさせている。

「ああっ……」
「ほら……ね、もう濡れてる…………。 この分だと、毎晩一人でHなことしてるんでしょ」
「いや…………、言わないで…………」
「でも、躰は正直ね。 私も最近毎日してるから、よくわかるわ」
「え? 先生も…………? …………毎日って、、、」
「そ。 あなたのことを想って、毎晩してるのよ……」
「そ……そんな、、、」

 妙子が自ら暴露した事実に、燐は驚き狼狽える。
 その隙を見て取った妙子は、手際よく燐の衣服を取り去り、そのセーラー服のスカーフで彼女の腕を後ろ手に縛った。

「せ、先生、やめて……、やめてください…………」
「だめ。 一度点いた炎はもう消せないわ」

 事実上の強姦宣言の後、妙子は自らも服を脱ぐ。
 さすがに今回は学校内ゆえ酒は入っていないが、既に彼女の躰は汗が滲んで真っ赤に染まり、下腹部は拭っても無駄なほど濡れている。

「せ、先生も……濡れてる…………?」
「言ったでしょ。 あなたのコト考えると濡れてくるのよ。 他人のコト言えないでしょ、あなたは」
「そ、それは、、、ああっ!」

 妙子は燐の脚を強引に開くとその間に自分の躰を入れ、さらに左足を股間に通して右足は燐の左足を跨ぐようにする。
 そして、燐の躰をゆっくりと起こした後、、、力強く一気に引き寄せた。

「あああああっっ! うっ……うあああっ……」

 クリトリスが妙子の左足に擦れ、燐は苦痛とも快感とも取れる絶叫をあげる。
 そして、その終点には既に勃起して皮の剥けた妙子のクリトリス。 俗に言う「貝合わせ」の状態になる。
 さらに妙子はそれに加え、舌と右手を使って燐の躰を撫で回し、燐を支える左腕を動かしてお互いのクリトリスに刺激を与える。

ちろっ……ちゅぱっ……むにゅっ……んむっ……
「ん……ん……ん……んうっ……」
ぬちっ……ぬちょっ……ぬちょっ……ぬちゃっ……
「うああっ……あっ……あっ……あぁん」

 保健室内に淫らな音と甘く切ない声が響き渡る。
 妙子は燐の躰に容赦なく快感を与え続け、燐の表情は苦痛からやがて恍惚なモノへと変わっていく。

「んっ……んっ……んっ……んっ……んっ……んんっ……んんっ……んぅん……」
「あっ……あっ……あっ……あっ……あぁ……あぁん……あぁん……あぁっ……」

 やがて、ふたりとも高まってくる。
 始めからその気だった妙子はともかく、否応なしに攻められつつも敏感な躰に快感を押さえられない燐。
 ……すでに勝負は着いていた。

「ああっ……ああっ……あああっ……ああああっ……」
「んんっ……んんっ……くはっっ……はああぁっ……」

 妙子もそろそろ堪えきれなくなり、最後の仕上げ。
 燐の乳首の右側をキュッと捻り、左側をカリッと歯で引っ掻いてやる。

「ああっ! あああああああああっっっ!!」
びくびくっ! ぶしゅっ! じゅるっ! じゅるぅ……

 燐が躰の痙攣に合わせて潮を噴く。
 妙子もそれに反応して一気に昇り詰める。

「んはっ! あああああああああぁぁっ!!」
ぶしゃぁっ! じゅるっ! じゅる…… ずるうぅ……

…………………………………………。



 ……この日、妙子は初めて潮を噴いた。 初めての感動と達成感に一人ごちる。
 だが燐は…………。
 しばらく気を失っていたが、目覚めると共に慌てて自分の衣服で前を隠し、きっぱりと言い放った。

「せんせいなんかっ、だいっっっきらいっ!!」

 目に一杯の涙を貯めて、妙子に軽蔑の一瞥をくれてから、廊下へ飛び出して行った。



「ま、当然といえば、当然か…………ははっ、はははははははははっ…………」

 妙子は自分のしでかしたことを自虐的に笑い、衣服を着直すと、おもむろにアールグレイを煎れ直した。

 …………そのときのアールグレイは、やたらと渋く出来上がった。

 ……燐が保健室を飛び出し、廊下を走っていると、ふと懐かしさを感じさせるシルエットが目に入った。

 セリオ…………さん。

どんっ!!
「−−!!」
「セリオさんっ! …………セリオ、、、さん…………」
「−−燐さん? なにかあったのですか?」
「セリオさん…………わたし、わた……し…………」

 燐はセリオの背中に飛び込んだ。

 今のセリオに縋っても、無駄なことは十分分かっているはずなのに…………。
 今のセリオの対応がどのような物か、十分分かっているはずなのに…………。

 それでも燐は、セリオに縋りたかった。 セリオに甘えたかった。
 例えどのような対応をされても、今の燐には……セリオしか見えていなかった。

 セリオは不意を付かれた格好だが、一応は養護用ロボットの試作機である。 このような対応をされて、放っておくようなプログラムにはなっていない。

「−−とりあえず、お話をお伺い致します。 まずは落ち着いて下さい」
「…………う、うん、、、」

 セリオは、ポケットからハンカチを取り出し、泣きじゃくる燐の顔にそっと当てて涙を拭った。
 燐は、セリオのこの行動がプログラムから来ているものだと分かってはいても、やはり嬉しくなって、涙を止めることが出来なくなってしまった。

 もちろん、悲しみの涙が嬉し涙に変わったのは言うまでもない。

-Chapter 5-

 ……結局、セリオは久遠寺家にいる。

 通常であれば、話を聞くなら保健室……となるのだが、その保健室から逃げてきた人間にはさすがに通用しない。
 ということで、燐の要求である一番落ち着く場所…………『自宅』ということになった。
 燐が呼んだリムジン運転手"長瀬源三"は妙子の豹変にたいそう憤慨していたが、ここは燐がなんとか収め、運転手を自宅に直行させた。 もちろん運転手の源三は、燐たちを下ろした後守護神よろしく玄関前で仁王立ちしている。

こんこんっ……
「セリオさん、お茶をお持ちしました−−」
「−−お願いします。 中へどうぞ」
「はい。 かしこまりました−−」

 セリオは、今回特別に調合して作らせたロイヤルミルクティーをメイド『ロボ』から受け取ると、そのまま燐に手渡した。

「うん……『まりあ』さん、ありがとぉ…………」

 燐はさっきと比べると、かなり落ち着いてきている。
 お茶を持ってきたメイドロボはそれを見て安心したのか、席を外そうとした。

「それでは、わたしはこれで失礼します−−」
「−−いえ、折角ですから、『姉様』もいらして下さい。 お願いします」
「ですが、わたしよりセリオさんの方がお役に立てるかと思いますし、なにより、わたしは燐さんの邪魔になります−−」
「うん、、、わかった。 じゃあ、『あのキット』持ってきて。 悪いけど」
「『あれ』、、、ですか? わかりました。 燐さん−−」

 『まりあ』と呼ばれたメイドロボは、燐の用を受け一旦退室した。

 ちなみにこのメイドロボ、セリオが『姉様』と呼ぶように、正式名称を「HMX-11」という文字通りのセリオ(とマルチ)の『姉』で、とある事情で久遠寺家が引き取った際、燐が『まりあ』と命名したいわく付きのシロモノである。 閑話休題。

「わたし……柊先生に襲われてしまいました……」

 セリオを向かいに座らせ、燐が訥々と喋りだした。

「わたしには、以前から好きな人がいました。 それが、相手の人にわたしの想いが全然届かなくて……悩んでいたところを先生に呼び出されたんです。 なぜ自分を頼らないかと」
「−−クラス担任にしては、出来た方なんでしょうけどね。 あの方は」
「確かにそうかもしれない。 基本的に差別をしない人だし、担任を持つ前から生徒の話はよく聞いてくれてたし」
「−−よく見てらっしゃいますね。 先生のこと」
「あの人は特別。 なにせ、家庭教師のときからだから、付き合いは結構長いと思う。 だから、今まではいろんな相談をしてきたの。 でも今回は……話してもどうにもならないことだったし、なにより、今回のわたしの悩みは先生もわかっていることだから……」
「−−それでも呼び出した……ということは、なにか先生に思うところがあったのでしょう」
「たぶん、そうだと思う。 でも、話をしていくうちに、わたしの一言で先生が怒ってしまったみたいで……それで……」
「−−襲われてしまった……と」
「わたしがあの人を想うように、先生もどうやらわたしのことを想っているみたいだった。 でも……あんなに強引にされて……わたしは……わたしは…………」
「−−」
「……感じてしまったの。 カラダが……先生を欲しがってしまった……。 無理矢理縛られて痛いはずなのに……、強引にされて嫌なはずなのに……、わたしのカラダは……快楽を求めてしまったの……」
「−−」
「わたしは……そんなわたしが嫌だった。 欲しいのは『あの人』だけなのに……。 でも、結局は感じるまま相手の言いなりになって……、わたしの知らないところでカラダは……快楽だけを欲しがって……」

 再び、燐の感情が高ぶって涙を流す。 セリオは黙って肩を抱くことしか出来ない。
 しかし、効果は絶大。 セリオの抱擁というだけで、燐は落ち着きを取り戻す。
 そして、、、

「……セリオさん、お願いがあるの。 聞いてくれる?」
「−−ええ。 私に出来ることでしたら」

 セリオの了承を得た燐は、おもむろに自分の机の上にある1枚のDVD-ROMを手に取った。
 思いあたりがあるのか、それを見たセリオの顔が一瞬青ざめる。

「−−それ、、、もしかして……」
「……うん。 『あの』セリオさんのバックアップディスク。 コレを今読み込んでほしいの」
「−−折角ですが、それを読み込むと言うことは『私自身』が上書きされてしまいます。 出来ることならと申し上げましたが、『私自身』を消去することは出来かねます」

こんこんっ
 と、ふいにドアがノックされ、『まりあ』がノートパソコンと数枚のDVD-ROMを持ってきた。
 燐は『まりあ』に礼を言い、そのまま部屋から下げた。

「−−それ、、、は?」
「『まりあ』さん用の携帯端末。 これであなたのバックアップは取れるはずだから持ってきてもらったの。 だから、、、お願い。 セリオさん」
「−−…………わかりました。 ですが、終わったら必ず元に戻して下さい。 お願いします」

 ここまでされてはセリオも断れない。
 まず、自分のバックアップを取り、それから例のDVDを読み込む。

 ……暫くして、もう一人のセリオが、、、、、、目を、覚ました。

「…………」
「……セリオ、、、さん?」
「…………はい。 燐さん、、、ですね。 また、、、逢えましたね……」
「……うん。 ちょっと、、、強引だったけどね……」
「…………ええ。 ……この身体は、、、まだ量産型ではないのですね……」

 セリオは違和感を感じつつも自分の身体を確かめるように、燐はそんなセリオに喜びを感じつつもわき上がる興奮をぐっと抑え、それぞれ対峙する。
 そう、コレはあくまで仮の再会。 時がたてばセリオを元に戻さなければならないのだから……。

「−燐さん、大変だったんですね。 今まで−」
「え? どうして?」
「−一応データは上書きされたんですけど、現行試験のデータもしっかり残ってるみたいで、それで−」
「そっか。 じゃあ、今の試験期間中にわたしになにがあったか、全部分かってる訳ね……」
「−はい。 無愛想な『妹』ですみませんでした−」
「もういいよ。 それは仕方のないことだから。 ……でも、『妹』って?」
「−私たちメイドロボットにとって、後継機はすべて『妹』のようなものですから−」

 話が弾む。 たとえ仮のものとはいえ、やはり『この二人』の間には何人も立ち入れない。

「−それにしても、柊先生が、、、『あんなこと』をされるなんて……−」
「…………うん。 正直ショックだった。 でも、先生の言い分もわかるんだよね。 今こうして冷静になってみると」
「−ええ。 先生は先生なりに、あなたのことを愛していたのですね……−」
「そうかもしれない。 でも、、、わたしには……」
「−それは、、、言わないで下さい。 私はあくまで……−」
「わかってる。 …………わかってるから……いま少しだけ……ね……」
「−…………はい−」

 再び涙ぐんだ燐を、『セリオ』がそっと抱きしめる。
 永遠に続いてほしい、でも儚い時間。
 燐はそのわずかな時間、想いの丈を解放して『セリオ』に甘えた。

 燐が落ち着いたあたりで、『セリオ』はそっと切り出した。

「−燐さん−」
「え? なに?」
「−私、このまま開発室へ戻ります−」
「え?! どうして? このままじゃ、、、まずいんじゃないの?」
「−確かに、今の状態は開発室にとって良くはないです。 ですが、『今の』試験結果を見るに、このままではいけないと、、、そう私は思いました−」
「だけど、、、今の状態で戻ったら、あなたは……」
「−はい。 もしかしたら、有無を言わさず廃棄処分になるかもしれませんね−」
「えっ…………いやだ、、、そんなの、絶対にいやっ!」

 燐が当然のように取り乱す。
 大事な『人』と二度と逢えないというのは、誰だって辛いことである。
 だがしかし、『セリオ』はそれでも冷静に返した。

「−燐さんの言いたいことはわかりますが、私だって黙って廃棄処分にされるつもりはありません。 まずは開発主任を通して、それから私のスタッフのところへ結果報告に行きます。 開発主任自体ははロボットに感情が必要だと考える方ですから、最悪の結果だけは回避できると信じていますけれど−」
「…………でも、、、」
「−確かに、私の開発に当たってるスタッフはメイドロボ感情不要論者の集まりですから、説得も一筋縄ではいかないでしょうし、電工本社でもそう言った方々が多いのが現状です。 実際、感情不要なメイドロボの需要もあることはあるのです−」
「……悲しいね。 そんなの」
「−ビジネスとして考えるなら、これも仕方のないことです。 ただ、だからといって全機が全機感情不要のロボットにしてしまうのは、私には納得できません。 だから、、、私は行かなければなりません。 開発室に、、、−」

 『セリオ』の固い決意に、燐は折れるしかなかった。
 だが、ここで黙って引き下がる燐ではない。

「……その開発室、わたしも連れてって!」
「−……えっ? 燐さんも、、、ですか?−」
「一人よりは二人の方が説得しやすいでしょ。 あ、開発主任さんも入れたら三人か……」
「−ですが、それでは燐さんに迷惑がかかってしまいます。 燐さんに危害が及ぶことになれば、、、私は……−」
「たぶん、大丈夫でしょ。 わたしの家だって、一応『メイドロボオーナー』なんだから。 大体、顧客を大事にしない商売人なんて、商売人失格よっ!」

 燐がそういって胸を張る。
 先程の落ち込んだ姿はどこへやら、すっかり燐は立ち直って、いつもの元気な姿に戻っている。
 こうなると、もう誰にも燐は止められない。 当然、『セリオ』もそれはわかっている。

「−わかりました。 それでは参りましょうか−」
「うんっ!」

 二人は意を決して開発室に向かおうとしたが、そのとき部屋の外からもう一人の声がした。

「ふっふっふ。 そんな美味しいこと、二人だけじゃさせないわよ♪」
「えっ? その声は、、、まさか……」
「−確か、、、柊先生の……−」

 二人が部屋を出ると、そこには『柊 妙子』本人の姿があった。 妙子の手には、身丈ほどの一本の棒が握られている。

「先生、、、どうして……」
「一応、手荒なことをしたお詫びのつもり。 っても、そのために『また』手荒なことをしちゃったけどね♪」

 二人が愕然とした表情で妙子を見るも、その当人は涼しい顔で舌を出す。

「悪いけど、長瀬さん他の人には寝てもらってるの。 で、セリオさんが『元に戻ってから』の会話は大体聞かせてもらったわ。 で、、、行かせてもらえるわよね。 私も……」
「……で、でも…………」
「−燐さん。 今の柊先生は信用に値すると思います。 ちょっと乱暴ですけど、、、私には頼もしく見えます。 万が一のことがあれば、私が燐さんをお守りしますから……−」
「…………うん。 わかった。 『セリオ』さんがそう言うなら……」



 結局、伸してしまった源三の代わりに妙子がリムジンのステアを握り、三人は開発室に向かうことになった。

-Chapter 6-

 来栖川電工第7開発室。

 到着した3人は、まず開発主任のところへ顔を出すことにした。 もちろん、これまでの事情を説明した上で助っ人になってもらい、少しでも有利に事を進めようとの魂胆からである。
 幸い、セリオ側のスタッフに見とがめられることなく開発主任室まで行けたのだが、開発主任の『ど〜ぞ〜』の声でドアを開くと、そこには燐たちが初めて目にする面子が数名、セリオたちを待っていた。

「やぁ、セリオ。 そして、君が久遠寺院長のお孫さん?」
「セリオ、後ろの人たちが例の?」
「おぉ、セリオ殿、お待ちしておりましたぞ」
「…………」

 開発主任の長瀬源五郎と、『セリオ』にサテライトシステムで呼び出された来栖川芹香・綾香・セバスチャンこと長瀬源四郎。 味方にするには打ってつけの面子が揃っている。

 『セリオ』は燐たちの紹介、それに続き各人が自己紹介をそれぞれ済ませると、開発主任の音頭で本題に入った。


 と、意気込んで打って出た彼らだったが、事は意外にあっさりと決着が付いた。
 長瀬主任ならではの理論武装や、綾香たち〜来栖川総帥サイドの威光もさることながら、なによりセリオ本人からの筋の通った発言が功を奏した格好だ。

 結果、『HMX-13 セリオ』のお役目は今試験で終了、既存スタッフはセリオの今までのデータを元に『HM-13』の量産化作業を進めることとなった。
 また、セリオ本人については、『HMX-14』〜コードネーム−久遠寺芹緒−と改名の上で長瀬主任の直轄となり、感情付きのまま新たなる試験運用の旅に出ることとなった。


 と、一応の決着が付いたところで、この一件は幕を閉じた。

 その後、『セリオ』は感情を残したまま運用試験最終日=二学期終業式まで燐のクラスに残ることになり、その控えめ且つ上品な性格でクラス中を席巻させた。
 燐も学校では『セリオ』にくっつかないようにしていたが、学校帰り等はもちろんラブラブモードが発動していた。
 そして妙子は、、、土曜日曜と来栖川本家へ通わされることとなった。 本人は面倒くさがっているが、月曜日の表情がやたらと晴れ晴れしているのが燐だけにはわかっていた。 なんだかんだ言って、妙子も『お相手』が欲しかったのかもしれない。

 そして、なんだかんだと惜しまれつつも、二学期終業式を迎えることになった。

-Epilogue-

 二学期終業式当日。

 その二学期の打ち上げパーティーも兼ねて、セリオのお別れ会が催された。
 そのパーティーの幹事に立候補した燐は、朝からやたらとハイテンション。 パーティー中も所狭しと動き回り、クラス全員の面倒を見て回っていた。
 一方で、今回の主賓とも言えるセリオも、花束やら餞別やらもらって上機嫌な様子。
「−忘れられない日になりました−」
と言い残して、クラスを去っていった。

 パーティー後、燐はセリオを開発室まで送っていくことにした。
 もちろん、長瀬主任をはじめとする面々にお礼を言いたいという気持ちもあったのだが、本当のところは、一秒でも長くセリオと一緒にいたいと言うところだろうか。

「セリオさん」
「−はい。 なんですか? 燐さん−」
「いろいろあったけど、長いようであっという間の四ヶ月だったね」
「−私には、時間を長く感じたり短く感じたりすることはありませんが、最後の数週間は本当に楽しく過ごさせていただきました−」
「そう。 それは良かった。 セリオさんに喜んでもらえなかったら、わたしただのお馬鹿だもんね……」
「−そんなことはないと思います。 燐さんはいつでも一生懸命だから、、、だから、クラスのみんなから慕われるのだと思います−」
「そんなこと言って、セリオさんはわたしのこと、、、慕ってくれてた?」
「−試験当初の私は、『今の私』じゃありませんでしたから、いろいろとご迷惑をおかけしました。 本当に、あのときは申し訳ありませんでした……−」
「あ、そんなつもりで言ったんじゃないの。 ごめんなさい。 ただ、ちょっと意地悪したかっただけ、、、だから……」
「−そうだったんですか。 私も冗談が通じるようにならないといけませんね。 今後のために−」
「……………………今後、、、か……」
「−え? 燐さん、どうかしました? そういえば、パーティーの時もやたらはしゃいでいたみたいですけど……−」
「…………明日からは、、、また逢えなくなるんだよね……。 わたしたち」
「−私には、試験運用機としての役目がありますから……。 でも、それが終わったら、、、私……−」
「え?」

 そう言うや否や、セリオは素早く燐の唇を奪った。 さすがの燐も、これには呆気にとられてしまう。
 でも、セリオはすぐさま唇を離して続ける。

「−私、必ず燐さんのところへ戻ります。 それまで、、、待っていてくれますか?−」
「…………セリオさん、、、、、、うん。 わたし、待ってるから…………」

 セリオの言葉に感極まった燐は、あふれる涙を拭おうともせずセリオに抱きついた。
 セリオは軽く燐の顔を自分に向け、、、今度は静かに深く口づけを交わす。

 …………いつしか、空には雪が舞っていた。

-fin-

神無風雅[ Fuhga Kaminashi ] 05/13/1999