『はじめての時』 〜 To Heart 綾香 〜


「お疲れさまでした〜」
 三人の声がぴったりと重なった。
 葵ちゃんの主催する、エクストリーム同好会の練習が終わったところだった。
 二人じゃないのかって?
 そう、二人じゃないのだ。いまここにいるのは、オレと、葵ちゃん、そして…
なぜか綾香。
 まったく、飛び入り参加の好きな奴だ。
「…なんか、言いたいことがありそうね」
 綾香がオレの視線に気付いたのか、改まってこちらを見た。
「いや、なんで学校も違う人間が参加しているのかなーとか思っただけで」
「あら、敵情視察よ、敵情視察。葵はやっぱり私のライバルだもんね〜。情報を
仕入れておかないといつ足元をすくわれるか分からないし」
 ちょっと浮かれた様子の、綾香が応える。
「ま、ただ単に葵が成長するのを見ているのが楽しいっていうのもあるけどね」
 葵ちゃんのほうを見ながら、意味ありげな微笑みをもらす。
「格闘家が『化ける』ところってうのはなかなか見られるもんじゃないし、成長
過程を見ていると自分自身の参考にもなるのよ」
「あ、あの…綾香さんに言われるほどたいして強くないんですけど」
 葵ちゃんが、あわてた様子で否定した。
「何いってんのよ。あの日勝ったのは偶然じゃないの。あなた自身の実力よ。い
まは私と坂下くらいしかマークしてないかも知れないけど、いずれ日本中の人間
が葵のことをライバルとして…いいえ、目標として見る日がやってくるわ」
 綾香がそれまでとは違う、真剣な顔つきになっている。葵ちゃんに自信を持た
せるためだろうか、本気で思っていることを分からせたいといった感じだった。
「それも、そう遠くないうちにね」
「そ、そうでしょうか?」
 葵ちゃんは、半信半疑といった様子でとまどっていた。いまだに自分の力量と
いうものについては、控えめな見方しかしていない。ま、葵ちゃんらしいといえ
ばそれまでなんだろうけれども。
「ま、それに感してはオレも同意見だな。葵ちゃんは…」
「強い、でしょ?」
 綾香が、くすくすと笑う。
「まあ、な」
 なんか気をそがれてしまったオレは、苦笑しながら二人を見た。まったく違う
タイプの二人だが、これはこれで妙に仲がいい。
 いまのところ葵ちゃんはちょっと構えているところがあるけど、試合で勝った
り負けたりの関係になれば、親友と言ってもいいような関係になれるのではない
か、という気がする。
「二人とも、今日はまっすぐ帰るんだろ? 送っていくよ」
 …この二人に限って、夜道だから危ないとかっていうのもヘンだけれども、
一応オトコとしてのけじめを付けるために、オレはそう申し出た。
 もちろん、二人は断ったりはしなかった。


 家の近い葵ちゃんを送り届けたあと、オレと綾香は二人きりで街中へ出た。
商店街を抜けて、住宅街に少し入ったところに来栖川のお屋敷はある。
 葵ちゃんと別れてから、綾香は妙に落ち着かない様子で黙り込んでしまって、
オレが話を振っても気のない返事が返ってくるだけになってしまった。
 自然と、会話の数が少なくなっていく。
「今日は、迎えの車とかこないんだな」
 ふと、気になっていたことを口に出す。
「いつもいつも送り迎えしてもらっているわけではないから。芹香姉さんとは違っ
てね」
 こっちのほうが性にあっているでしょ? と、綾香が冗談めかして応える。
「今日、浩之のところに寄っていきたいんだけど、いい?」
 唐突に、綾香がそんなことを言い出した。
 こいつとは、いつのまにか「浩之」「綾香」で呼び合っていた。
 ま、これはこれでオレは気に入っている。気兼ねのない付き合いといった雰囲
気はオレは好きだった。
「ああ…」
 オレはどうとでも取れるような返事をした。綾香の真意が分からなかったからだ。
「…いいけど、何しにくるんだ?」
「ひ・み・つ」
「なんだそりゃ。オレんちは公共の集会場じゃないんだぞ。誰が来てもいいって
決まってるわけじゃない」
「うそうそ。実は前から一度、浩之の家を見てみたかったんだ」
「なんでオレんちなんだ」
「まあまあ」
 綾香がおどけて言う。
「まあまあ、じゃね〜」


 結局、よく分からないままなし崩しにオレの家に着いてしまった。
 心なしか、綾香は嬉しそうな表情をしている。ま、こいつの表情とか態度はす
ぐに変わるからなかなかあてにできないんだが。
「それにしても綾香、最近性格変わったんじゃないのか?」
「ん、なんで?」
 綾香が小首をかしげる。
「…なんか志保と話してるみたいだった」
「美人は得ね〜」
 志保の得意ワザ『あらぬ方向を見て誤魔化す』ふりをする綾香。いったい、
どこでこんなことを覚えるんだ。
「まったく、ワケわかんないこといってんじゃねぇ」
 玄関から家に入るときも、そんなやりとりを続けていた。
 オレの部屋に入ると、唐突に綾香が声のトーンを落とした。
「姉さんがね、最近浩之さんと会えなくてさみしいって」
「あらら。ここんとこ色々あったからなぁ。オカルト研究会も、最近全然顔出し
てないし…」
 床に出したクッションの上に腰掛けながら、オレが応える。
「だいたい浩之ってば、芹香姉さんのことどう思ってるの?」
「どうって…仲のいい先輩、かな」
 ちょっと考えて、そう答えた。
「それだけ?」
「それだけって」
 それ以外に…なにかあったか?
「気になってしかたがないとか、異性として意識しているとか、モノにしちゃい
たいとか、ないの?」
「…モノにするって言われてもな」
 オレは苦笑した。
「そんなんじゃないって。仲のいい姉と弟ってかんじかな。ま、これはオレが
勝手に思ってるだけなんだけど」
「じゃあなに、ほかに好きな子がいるの?」
 ちょっと不安そうに、綾香が問いかけてくる。
「好きっていうか…気になっている子はいることはいるんだけどさ…たぶん片思い
だから、オレが想っていることすらその子は知らないんじゃないかな」
「あ、分かる分かる。浩之ってばオクテそうだもんね〜。多少強引にでもモノに
しちゃったほうが、いい結果が出ることもあるのに」」
 好きならモノにしちゃったほうが、か。とは言ってもなぁ。
 いくら別の女の子に対する話になっているとはいえ、それを当の本人からけし
かけられているっていうのもヘンな気分だ。
 オレは…。
 言葉を、途中で飲み込んだ。
 結局、オレは怖いんだ。本当のことをいって、失ってしまうかも知れないものが。
 たあいのないやりとり、気楽な付き合い、落ち着いた時間。
 あかりや志保や芹香先輩と一緒にいるのとは違う何かを、綾香と一緒にいると
きには感じることができるのだ。
「どしたの、怖い顔して黙りこんじゃって…オクテだって言われたの、そんなに
ショックだった?」
 気がつくと、綾香がオレの顔を覗き込んでいた。
「いや…」
 オレは、あいまいに誤魔化した。


 何をどこでどう間違ったのか、ふと気がつくと目の前には日本酒の一升瓶が
置かれており、しかもさっき封を確かにこの手で切ったはずの、瓶の中身はもう
ほとんどなくなっていた。
 オレの隣には普段とあまり変わらない綾香の姿があった。記憶をたどってみる
限り、オレの倍くらいの量は飲んでいるはずなのに、多少頬が赤くなっているく
らいだ。
 …こいつ、底なしか?
「ほら〜、浩之も飲みなさいよぉ」
 …このままつきあわされて飲み続けたらやばいかもな。
 そんな危機も覚えたが、酔ったいまの感じが心地好かった。綾香の勧めにした
がって、コップを差し出し、酒を受ける。
 透明な液体が、光を浴びてきらきらと輝くのが妙に綺麗に見えた。
 ぐいっと、それを一息に飲み込む。つーんとする独特の香気が、のど元を通っ
て落ちていった。
「浩之ってば、いい飲みっぷりよぉ」
 自分もコップをあけながら、綾香が茶化す。
「…惚れなおしちゃうなぁ」
 うっとりとした目つきになって、オレの顔を見つめる。
 瞳が潤んでいた。
「惚れとったんかい」
「そりゃ、ね」
「ホントかよ」
 オレは思わず苦笑した。
「いつからか、ね。自分でもよくわかんないんだけど…浩之に惹かれてた」
 手に持っていたコップを床に置いて、言葉を続ける。
「自分では分かってないかもしれないけど、浩之みたいないいオトコってなかなか
いないんだよ」
 自分に言い聞かせるように、綾香が小さな声で続ける。
「見えっ張りだったり、他人の痛みが分からなかったり、うわべだけの優しさしか
持ってなかったり。…自然体で生きるっていうのは、難しいことなんだから」
「どうして、オレがそうじゃないって分かるんだ?」
「好きな人のことはね…分かるの。それに、姉さんだって、葵だって、浩之のそう
いうところが好きなんだと思うよ」
 綾香の瞳が、オレを見つめる。吸い込まれそうな黒い瞳。
 ごくっ。
 つばを飲み込む音が、やけに大きく響いた気がした。からからに渇いたのどが、
オレの焦りと不安を高まらせていく。
「本気…なのか?」
「もちろん、だよ」
「酔ってるからじゃなくて?」
 いまだ半信半疑で、オレは聞いた。
「こういうことは、酔ってても酔ってなくても関係ないの。好きは好き、嫌いは
嫌いなんだから」
「…どうも本気に聞こえないんだけどな」
 酔いも手伝って、オレはちょっと無神経なセリフを吐いてしまった。
「浩之はあたしのこと、嫌い? 嫌いだからそんなこというの?」
 綾香の顔が、曇る。
「馬鹿いってんじゃねぇ。嫌いなら自分の部屋に入れたりするか」
「ありがと。あたし…ずるいよね。姉さんや葵の気持ち知ってて、でも浩之のこ
と好きな気持ちが押さえられないの。だから今日、部屋に入れてくれてすごく嬉
しかった」
「ずるかろうがなんだろうが、オレは嬉しいぜ。好きな女にそうやって云われる
のは」
 えっ?という顔で、綾香がオレのほうを見た。
「モノにしちゃったほうがいいのかな? 好きな子のことは」
 綾香の長い黒髪に触れる。ゆっくりと頭をなでると、綾香はまるで子供のよう
に目を閉じて動きを止めた。
 頭を引き寄せて、軽いキスをする。
 そのまま、ゆっくりと唇を求めあった。
 …うう、酒くさい。
「…お酒くさい」
 言わずもがなのことを、綾香が言った。素直な感想だ。
「初めてのキスにしては、全然ロマンチックじゃねーな」
「浩之とだったら、なんでもロマンチックだよ」
「でも、もうちょっと雰囲気あるほうがよかっただろ」
「いいの…好きよ、浩之」
 そういうと綾香が顔を寄せて、オレの頬に唇を触れた。
「大好きだったの。前からずっと。いつから好きになったのか分からないくらい」
「綾香…オレも、おまえのこと好きだ」
 いとしいと思う気持ちが心の中にたまらないくらい沸き上がってきて、オレは
綾香の身体をきつく抱きしめた。そのまま、ふたたび綾香の唇を求める。
 触れた唇から気持ちが伝わるのであれば、この想いをすべて伝えたかった。
 これまでにない、不思議な気持ち。
 しばらくののち、ゆっくりと唇を離した。
 今度は、綾香は何も言わなかった。
 身じろぎもせず、とろんとした瞳でオレを見ている。
 身体が熱い。
 オレは、綾香を求めていた。
 唇に、髪に、首筋に、身体に、触れたかった。
 身体中に回る酔いの中で、だが少しだけ冷静になったオレの心がそれを押しと
どめていた。
 惚れた女の子に、酔って手を出すということに抵抗があった。
「浩之…Hしようよ」
 まるでオレの心を読んだかのように、突然、黙っていた綾香が口を開いた。
「あたしとじゃ…イヤ?」
「イヤなわけ…ないだろ。ただ、二人とも酔ってるっていうのがちょっと、な」
 綾香が、それを聞いてくすっと笑った。
「確かに酔ってるけど、でも浩之のこと好きっていう気持ちはホントだよ。」
「オレだって、この気持ちは嘘じゃない」
 また二人で、顔を見合わせて笑いあった。
 心の中のこだわりが、その笑顔の中に溶けていく気がした。
 髪をかき分けて、首筋に唇を這わせる。
 力の抜けた綾香の身体が、オレの腕のなかに倒れ込んできた。
 身体の位置を入れ替える。
 後ろから、わきの下に腕を通して、抱きかかえるように身体を密着させる。
 薄黄色のベストのすそを少しまくり上げて、そこから手を差し入れた。
 制服のシャツの表面をなでるようにして、上へと指を進めていく。
 嫌がる気配はなかった。
 綾香は、何かをこらえるように目を閉じてじっとしている。
 ふくらみの上に、ブラのざらっとした感触があった。そのまま、それを手のひ
らで包み込むようにおさめる。
「んっ…」
 綾香が、鼻にかかった吐息をもらした。
 身体の中から沸き上がってくる何かを押さえるような顔。これまでに見たこと
のない綾香の横顔に、くらくらした。
「可愛いよ、綾香…」
 耳もとで名前を呼ぶ。そのまま、小さな耳たぶに軽く歯を立てた。
「……っ」
 ぴくっと、綾香の身体が小さく揺れる。舌先でぷにぷにとした耳たぶの感触を
感じながら、時折軽く歯を立てた。歯が触れるたびに、綾香がそれに反応して
身体を小刻みに揺らす。
「ふあ…」
 耳から唇を放すと、綾香が大きく息を吐いた。固くなっていた身体から、
一気に力が抜ける。
「緊張、してるんだ。あの綾香がねぇ」
「なによ…いじわるなこと、言わないで」
「可愛いよ」
 ピンクのブラを上にずらすようにしてどけると、形のいいふくらみがオレの
手のなかにおさまった。
 ぷにぷにとした弾力を感じながら、指先で小さな突起をさぐった。
 少し固くなった先端に触れる。
 びくり、と綾香の身体が跳ねた。
「んっ…ごめんなさい」
「あっ…ごめん。痛かった?」
 二人の言葉がぴったり重なる。
 どちらからともなく、小さな声で笑いあった。
 もう一度、指先に力を込める。
「あ…んっ」
 信じられないほど柔らかな肌の感触と、徐々に固くなっていく突起の感触が、
なにか不思議な感じがした。
 綾香は、なにかをこらえるように目を閉じている。
 少しづつ、触れる力に変化を付けていった。
 時折、綾香の身体がぴくりと震える。
 気持ち良く…させてあげられているのかな?
「オレ…よくわかんないけど、こんな感じでいいのか?」
 思わず、間抜けな問いかけをしてしまう。
「うん…浩之がしたいようにして、いいよ」
 目を閉じたまま、綾香が応える。
 か、可愛い。
「下…脱がすぞ」
 スカートに手をかけ、そろそろとずらしていく。
 綾香が、脱がしやすいように下半身をずらしてくれた。
 綺麗な足が、あらわになる。
 続けて、ゆっくりと、綾香の下着を脱がした。かすかに、指が震えている。
「浩之、緊張してるんだ。…らしくないの」
 綾香が、頭をオレの肩にあずけてきた。
「…綾香があんまり綺麗だから、ビビってるんだよ」
 軽く、返事をかえす。
 てきめんに、綾香の頬が染まる。
「軽口を叩くわりには、直接攻撃に弱い奴だな」
「自分でもあきれちゃうけどね…浩之にそれだけ惚れてるのよ、たぶん」
 少し照れながら、綾香はささやいた。
「他の誰にいわれても、こんな風になったりしないもの」
 今度は、オレが照れる番だった。
 はっきりと、頬が上気しているのが分かる。
「あまり興奮させると、このまま倒れちまうぞ」
 軽口を叩いて、それをなんとか誤魔化した。
 カーテンのすき間から差し込む、淡い月光に、綾香の身体が照らし出されている。
 すらりと伸びた下半身。驚くほど白い肌の中に、淡い陰りがあった。
 普段、誰にも見せない綾香の姿。
 まるで幻想の中の風景のように、美しく見えた。
 すべすべのおなかの上を、軽く触れるように指を這わせる。
 引き締まった腹筋を、女の子らしい脂肪が包み込んでいた。そのまま、へそを
かすめるようにして足の付け根まで指を滑らせる。
 足につながるへこみの部分を、線に沿ってなぞった。
 ぴくりと、綾香が身じろいだ。
「浩之に触られるの、気持ちいい…ちょっとくすぐったいけど」
「じゃ、もっといっぱい触ってやる」
 足の内側に手を触れた。手のひら全体を使って、肌を感じる。
 そのまま、ゆっくりと足の先へと手を動かしていった。
 張りつめた肌の感触。その下には、鍛えられた筋肉が収まっているのだろう。
だが、手のひらからは、それは感じられなかった。
 柔らかい。
「ここらへんは…くすぐったい?」
 膝の近くまで手を伸ばして、問いかける。
「うぅん…、気持ち…いいよ」
 少しだけ息を荒くした、綾香が応える。
 足の内側を、触れるか触れないかの微妙なタッチでなであげた。
 ぴくりと、綾香が震える。
 そのまま、足の付け根へと指をいざなった。
 陰りへと、指を伸ばす。
 オレの指が、ざらついた体毛の中に、綾香自身をさぐりあてた。
 そこは、十分に潤っていた。
「綾香…感じてるんだ」
「好きなの…だから」
 さすがに、そこまで言って恥ずかしくなったのか、頬を染めて顔を背ける。
 指を綾香に、ゆっくりと、慈しむように触れた。
「あっ…」
 軽く触れただけで、綾香が声を上げた。
 濡れた感触が、指先を満たす。
 ちゅるんと、音を立ててしまいそうだった。
 ほぐすように、指先を動かす。
 熱を帯びた、薄い唇に触れているような感じだった。
「あ…いや…」
 綾香の声が上がるたびに、指先の熱い感触が強まっていく。
「綾香…いいか?」
 こくんと、無言のまま綾香がうなずいた。
 身体を、綾香の足の中に滑り込ませる。
 興奮ではち切れそうになったものを、オレは自分の指で軽く握った。
 びくん、びくんと、脈打っているのが感じられる。
 そのまま、綾香の中へと導いていく。
 ぐっと、身体を前に押し出した。
 綾香は、すんなりとオレを受け入れた。
 わずかな抵抗。
 熱いものに包まれる感触が、先のほうから根元のほうへと伝わっていった。
 頭の中が真っ白になる。
「うあっ」
 思わず、声が漏れた。
「浩之も…気持ちいいんだ」
 嬉しそうに、綾香が笑みを浮かべた。
「ひとつに、なれたね」
 きゅっと、綾香がオレを締め付ける。
「ああ…幸せだよ」
 そんな綾香がいとしくて、オレは髪をなでながら唇を触れ合わせた。
 肩を抱き、身体を密着させる。
 綾香の体温を感じていたかった。
 とくん、とくん、とくん。
 心臓の鼓動が伝わってくる。
 触れ合っている肌すべてから、想いが流れあっているような錯覚を覚えた。
 心で感じあう、というのはこういうことなんだろうか。
 しばらくそのまま抱き合っていてから、オレは身体を動かした。
 ちゅるんと、かすかな濡れた音が触れ合ったところから漏れる。
 オレを迎え入れる綾香の気持ちが、あふれていた。
 何度となく、身体を揺らす。
「あんっ…あんっ…あっ…あっ」
 高まる感情にあわせて、綾香の声がうわずっていく。
 白い肌が、ほんのりと紅色に染まっていた。野生動物を思わせるような引き締
まった肢体が、オレとひとつにつながっている。
 しっかりと手の指を絡ませながら、身体を動かした。
 先ほどから何度となく行なっている動き。
 綾香の奥へと深く入っていく。
 優しく包み込まれるような感覚に抵抗しながらゆっくりと戻る。
 綾香の中は、十分に潤っていて、暖かかった。
 時折、可愛らしいあえぎ声に同期するように、綾香の中がきゅっと締め付けら
れる。そのたびに、ぞくぞくするような快感が、オレの背筋を流れるように通り
抜けていった。
 オレの身体の動きにあわせて、綾香の身体が跳ねる。
「ひろゆき……ひろゆきぃ…」
 うわごとのようにオレを呼ぶ声が、神経を痺れさせていった。
「綾香…」
 あいた手を髪の間にすき入れて、そのまま頭を抱きよせた。もう一度名前をつ
ぶやきながら、軽く唇をあわせる。
 ゆっくりと様子をうかがうように、遠慮がちに綾香の舌が差し入れられてきた。
 ついばむように舌先をあわせあう。
 綾香への想いを込めるように、オレは綾香の唇を求めた。
 息が苦しくなってくる。
「はふっ」
「綾香、オレを感じてくれてるんだ。感じてくれているしるしが、いっぱい流れ
てるよ」
「バカぁ」
 綾香が、両腕を交差させるようにして顔を隠した。肉付きのいい胸があらわに
なる。上気した肌が、身体全体をほの赤く染めていた。
「綾香…」
 顔をおおった腕に、そっと口づける。
 そのまま、身体をゆっくりと動かした。
 奥へと入り、戻る。
 触れているところすべてから、快感が生まれてくる。
 綾香の中は、狭く、燃えるように熱く、オレをしっかりと包み込んでいた。
「あっ…ああんっ」
 綾香の声が高くなっていく。
 ぴくんと、唐突に綾香の身体が跳ねた。
 断続的に、びくん、びくんと身体を振るわせる。
「ああぁ…」
 消え入るような声とともに、綾香の身体から力が抜けた。
 息が荒い。
 いっちゃった、というやつなんだろうか。オレ、まだなんだけどな…。
 ちょっとだけ途方にくれて、オレはなすすべもなく、綾香の身体を抱いていた。
「ん…」
 綾香が、薄く目を開けた。
 幸せそうに、微笑む。
「ゴメン、浩之。私だけ先に…」
 すまなさそうに、謝る綾香。
 でも、オレは満ち足りた気持ちだった。
「いいよ、綾香。謝らなくても」
 本気で、オレは応える。
「それだけ、オレのこと好きでいてくれてるんだろ。それだけでも、十分だよ」
「でも…」
 綾香が、身体を起こした。
 唐突に抱きつかれて、オレは身体を倒した。ひんやりとしたシーツの感触が、
背中いっぱいに広がる。
「やっぱり、浩之にも感じて欲しいもの。今度は、私が…気持ち良くさせてあげる」
 言いながら、綾香から唇をあわせてきた。
 しばらくそのままでいると、綾香が身体の位置を変えた。
 オレをまたぐようにして、ゆっくりと腰を降ろす。
 少し遅れて、先ほどと同じ、心地好い暖かさに包まれる。
 ちゅっと、触れ合ったところから小さく音が漏れた。
 なめらかな感触。
 綾香が、身体をゆっくりと上下に動かした。
 触れ合っているところから、電流のように快感が流れ出していく。
「んっ…あんっ…ひろゆきぃ」
 綾香が、何度もオレの名前をうわごとのように叫ぶ。
「ああんっ」
 綾香の手が、自分のシャツの中へとすべりこんだ。
 そのまま、胸に触れる。
 高まっているのか、恍惚とした表情で、身体の動きに合わせて刺激をあたえ
だした。
 オレの指は、その間も綾香の腰を、背中を、そして足の肌の上を何度も行き
来した。
「はんっ」
 綾香が、シャツをめくり上げ、ずり落ちないようにそれを自らの口で押さえる。
 胸のふくらみが、オレの前にあらわになった。
 先端の突起は、ツンと立っている。
「気持ち…いいよ…ひろゆき」
 長い黒髪を振り乱して、綾香が艶っぽい声を立てる。
「あっ…あああっ…いっ…あああああああっ」
 綾香の声が、ひときわ高くなった。
「あやかぁぁ…」
 無我夢中で、オレは叫んだ。
 その声に導かれるように、これまでに張り詰めていたものが、一気に吹き出し
ていった。
 とくん、とくん、とくん。
 オレの中から放たれたものが、綾香の中へと流れ込んでいく。
 きゅっ、きゅっ、きゅっ。
 それにあわせるように、これまでになくきつく締め付けられた。
 たまらなくなって、身体を引き寄せ、胸に抱き入れる。
 肌に、オレの身体が触れるたびに、綾香の身体がびくっびくっと、小さく跳ねた。
「…ああ…あぁぁ…」
 綾香の高ぶった声が、次第に小さくなっていった。
 声に合わせて、オレの興奮も少しずつ引いていく。
 快感の波のかわりに、いとおしさが一杯にふくれ上がってきて、オレは、髪を
優しくなでながら、綾香の身体をしっかりと抱いた。
「はぁ……ふうぅ…」
 お互いの荒い呼吸が、一定のリズムを刻んでいた。
 ゆっくりと、けだるい感覚が落ちてくる。
 綾香も一緒なのか、ぼんやりとした目で、オレの顔を見ていた。
 抱き寄せている、綾香が身をよじった。
 先ほどまで気にもとめなかった、不粋な感触が気になった。
「綾香…」
「ん…、なに?」
 とろんとした目で、綾香がオレを見つめる。
「シャツ…脱がしていいかな」
 いまさらのような感じがしたけども、オレはそう尋ねた。
 綾香の身体のぬくもりを、身体全体で感じたかった。
「いいよ…」
 結局最後まで脱がさなかった、シャツのボタンをひとつひとつ外していった。
 ずれて窮屈そうにまくれている、ブラも取り去る。
 それと同時に、全裸になった綾香が抱きついてきた。
「ふふっ、赤ちゃんみたいだね。こうしていると」
 胸のふくらみが、オレの胸にじかに触れた。
 これまで見えていなかった、肩から首の付け根に走る綺麗な鎖骨が、色っぽい。
 そんなことを考えながら、オレも綾香を抱きしめた。
「ぬくもりを感じていられると、安心できるんだよ…きっと」
 身体を一つに溶けあわせてしまえたら、きっと満足できるのだろうけれど。
 相手をきつく抱きしめることしかできない。
 そんなもどかしさ。
 それを埋めるために、恋人たちは愛し合うのだろうか?
「オレ…自分で思ってたよりもずっと、綾香のこと愛したがってたみたいだ」
 自分で言いながら照れてしまう、少し恥ずかしいセリフを、オレは続けた。
「正直、感情と欲望って別のものだと思ってたけど…こうして抱き合って、少し
だけ分かったような気がする。お互いの身体を求めるってことがどういうことなのか」
 そこまで言ったとき、酔いのせいか急に眠気が襲ってきた。
 オレは、綾香の身体のぬくもりを肌でじかに感じながら、ゆっくりと眠りへと
落ちていった。


 じぃぃぃぃぃぃぃぃ。
 オレは綾香の寝顔を見ていた。
 綾香は、すぅすぅと規則正しい寝息を立てながら、気持ち良さそうに眠っている。
 芹香先輩と同じつくりの、可愛らしい寝顔。静かに寝ているときの顔は、あどけ
ない表情の少女のようだった。
 目を覚ましているときとの表情のギャップがおもしろくて、オレは思わず忍び
笑いを漏らした。
 ぱち、と目が開いた。光を浴びるのが眩しいようで、二三度またたきを繰り返す。
 目の焦点があう。目の前にはオレの顔があった。
 見つめあう瞳と瞳…。
「あ、起きた? いま朝食出すからゆっくりしてな」
「あ、おはよう…って、くしゅん」
 派手にくしゃみを一つ。そういや、部屋の中ちょっと寒かったかな?
 ぶるっと身体を振るわせた綾香が、自分の身体を両手で抱え込むように抱く。
「な、なななんでこんな恰好してるのよ〜」
 シーツで全身をおおい隠しながら、綾香が叫んだ。
「…なんでって、昨夜二人でその…愛し合って、そのまま裸で抱き合って寝たから…だろ」
「そ、そっか。って、愛しあったって…もしかして…しちゃったってこと?」
 無言で頷く。
「あらら」
 まいったなあ、という顔で綾香が苦笑する。
「そ、そういえば確かにそんな感じが…」
 シーツを頭からかぶったまま、身体を隠してごそごそと動く。
「あ、確かだわ」
 冷静に、綾香がいった。いったい何を調べたんだろう?とすごく気になったが、
突っ込むと、ヤブヘビになりそうなのでやめておいた。
「覚えてないの?」
 綾香もかなり酔っていたから、無理もないかな、と思いつつ、少し残念だった。
 オレもはっきりした記憶はなく、ところどころの記憶が断片的に思い出せるだけ
だったのだが。
 綾香は、かぶったシーツから頭だけをひょこんと出して、
「うん…」
と答えた。不安そうな表情が、たまらなく可愛い。
「そっか…浩之としちゃったのか…」
 目線を落として、ベッドを見つめる。
「でも、残念だな…せっかく初めての男(ひと)だったのに、思い出せないなんて…」
「初めて?」
「…うん。男の人とこんなことになったのは、浩之が初めてよ。意外だった?」
 ちらりと、恥ずかしそうにベッドの上に視線をさまよわせる。
 オレは気づいていなかったが、綾香の視線の先には、シーツのしわに隠れるよ
うに小さな赤い染みがあった。
「意外っていうか…そこまで考えてなかったよ」
 綾香と目があった。そのまま、綾香が恥ずかしそうに目を伏せる。
 無意識に、身体を寄せていた。
 綾香の頭にそっと手を置き、抱え込むようにしてゆっくりと抱き寄せる。
 こつん、と軽く頭を合わせた。
「あっ」
 不意に、綾香が声を上げた。またたくまに、顔が真っ赤に染まる。
「やだ、思い出し…ちゃった」
 さらに顔を赤く染める。すでに、耳まで真っ赤になっていた。
「あ、あたし…恥ずかしい…あんなことしたんだ」
「綾香…可愛かったよ。オレも最初から最後まで覚えているわけじゃないけど」
「いやっ、恥ずかしいから思い出さないでっ」
 思い出さないで、といわれてもすでに覚えていることはどうすれば…。
 オレは、シーツの上から綾香の身体を抱いた。布のするりと流れる感触の下には、
当然ながら何もまとっていない。
 ひやりとした素肌の感触が、手に心地好かった。
 綾香の体温を感じているうちに、オレは重要なことを思い出した。
「綾香、しらふの時にも言っておきたいんだ」
 まじめな顔を作って、綾香を見る。
「オレ、綾香のこと好きだ」
「…あらたまって言われると、照れちゃうな。でも、そう言われるの、すごく
嬉しい」
 本当に少し照れながら、綾香が笑う。
「だから…その、もう一度しない?」
「…あのね」
 あきれ顔になって、綾香が苦笑した。
「あははっ。でも、まあいいわ。今日のところは誤魔化されといてあげる」
 綾香が、黙って目を閉じる。可愛らしく突き出した唇に、オレは自分の唇を
重ねた。
 しばらく、そのまま唇をあわせあった。
 唇を離すと同時に、二人の吐息が漏れる。
 待ちかねたように、綾香が言った。
「そのかわり、ずっと一緒にいてね。浩之…愛してる」
「わかってるさ」
 想いを込めて、オレは綾香の身体を強く抱きしめた。
 綾香の腕が、オレの身体を抱きかえす。
 もう言葉もなく、オレたちはそのままただ抱き合っていた。
 永遠に、この時が続くように願いながら…。




《終》
















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