『星空の下で』 〜 To Heart 来栖川 綾香 〜
綾香の手を引いて、照明の落とされた通路をゆっくりと歩いた。
ところどころに、少しだけ明るくなるように照明が配置されているだけで、音もない。
まるで、この世界にオレたち二人だけしかいないかのような静けさが、あたりを支配
していた。
「なんか、悪いことしてるみたい…」
くすっと笑って、綾香が楽しそうにオレを見た。
なにかを心の中に秘めているように、きらきらと輝く瞳。
これまでの経験上、コイツがこういう目をしてる時は、だいたいろくな目にあわない
ことになっているのを思い出す。
「まぁ…な」
そんな心の中を悟られないように、ふぅ、と小さくため息をついて、視線を自分たち
が向かっている先へと転じた。
永遠とも思えるような、この闇の先に、目的地はある。
が、そんな大げさに構えるほどのことでもなかった。
目指しているのは、深夜の露天風呂だ。
前回の温泉旅行で懲りたそぶりもなく――というか、味をしめたような気もするのだ
が――突然、旅行情報誌を持ち出しては騒ぎ出したのは、一ヶ月ほど前。
綾香が指差したのは、貸し切り気分で露天風呂が味わえる、というのがウリの小さな
旅館だった。
場所は、秘境というとぴったりくるような、少し奥まった山の中。
五部屋から十部屋程度の小さな旅館で、それぞれの客が交代で入浴すれば、家族など
で行ったときには浴場自体をすべて利用できるっていう寸法らしい。
幸い、混んでいるシーズンでもなかったようで、あっさり予約も取ることが出来た。
浴衣の怪しい二人連れが出来た経緯は、そんな感じだった。
ぼおっと明かりに照らされた案内の看板を頼りにしながらそろそろと進んでいくと、
ほどなく『家族浴場』と書かれた箇所にたどり着いた。
「なんかいいわね、こういうのって」
少し浮かれた声を出して、綾香が中へ入っていく。
オレも、そのまま中に入った。
脱衣所自体も、普通の大浴場なんかのものとは違って、さすがに狭い。数人が入って
しまえばいっぱいという感じの広さだった。
まあ、家族で入る時なんかに使うだけなら、多くても数人なのだから、当然といえば
当然の広さだ。
見ると、先に入っていた綾香が、脱衣所への扉から中をのぞき込んで、何か確かめて
いる。
「…さすがに、ここの鍵は中からかけれるようになってるみたいね」
「そりゃ、家族風呂なんだし、混浴オッケーだし、入ってこられちゃ困る場合もあるだ
ろうからな」
「……あ」
ぼっと、火がついたように綾香の顔が真っ赤に染まる。
「…って、なに想像した、いまっ! 女性だけで入ってる場合とか、そういうときだっ」
「あ…そ、そっか。そうだよね」
真っ赤な顔のまま、綾香が照れたように頭を掻く。
妙なところで妙なことを考えるヤツだ。
「もう、びっくりさせないでよね」
照れを隠すように、綾香がオレの肩を軽く叩いた。
一瞬こちらを見た綾香の瞳に、なにかを期待するような甘えが混じっていたと思った
のは、オレの気のせい…なんだろうか。
「びっくりしたのは、こっちだ」
「ま、馬鹿なこと言ってないで、入ろっか」
ついっと視線を外して、綾香が脱衣所の奥へと入っていった。
使う衣類籠を決めると、手早く髪をまとめ上げ、帯の結び目をほどく。
なぜか魅入られたように、オレは立ったままそれを見ていた。
帯が、しゅるっという音とともに床に落ちる。
浴衣の布が裾までふわりと広がって、綾香の女らしい身体の線を、その下に覆い隠し
た。
さすがに恥ずかしいのか、オレに背中を向けながら腕を抜き、浴衣を床へと落とす。
「…っ」
次の瞬間、オレは思わず小さな声を漏らしていた。
うなじから背中に、肩口から腰に、そしてお尻へと、精妙な曲線が芸術品のように美
しく滑っている。
何度も見たことある姿なのに、いつもとは違って見える。
うつむき加減のまま、綾香の顔がこちらを向き、そして――
「きゃっ」
声と同時に、手に持った小さな手ぬぐいで慌てて身体を隠す。
「ちょっと浩之、どうして見てるのよ」
「いや、見とれてた」
「…やらしい」
「そんな意味じゃないって。綺麗だったから、つい…な」
オレの言葉に、綾香の表情が羞恥から照れへと変化する。
「…見とれるくらい?」
「ああ」
「それについては素直に嬉しいけど…。でも、いまあたし口説いても、何も出ないわよ」
照れ隠しに、つっけんどんな口調になる綾香。
視線をそらした横顔が、無性に可愛く見える。
「別に、なんか期待して見てたわけじゃないからな」
「うんうん。あたしが美しいからでしょ。罪よねー」
「…見間違えたかな」
「ちょっとー」
ぷうと、綾香が頬を膨らます。と同時に、身体が冷えたのか、
「くしゅんっ」
大きな音とともに、綾香が身体を震わせた。
そのせいで意識がそれたのか、指に入っていた力が抜けたのか。
身体をわずかばかり覆っていた手ぬぐいが、綾香の手を離れた。
結果として、綾香の裸身が、余すところなくオレの前にさらけ出された。
胸の先端にある桃色の突起から、足の付け根にある薄い陰りまで…。
「あっ」
床に滑り落ちた手ぬぐいを、あわてて綾香が拾い取ろうとする。
慌てる姿に、いつもとは違う色気が漂う。
「やだ、浩之…見ないでっ」
「もう何回も、見たことあるぞ」
「そういう問題じゃないの」
「見なくても、寸分違わず脳裏に思い浮かべることもできるし」
どうも、不用意な一言だったらしい。
次の瞬間には、すかさずオレのアゴに軽い一撃が入っていた。
せっぱ詰まっているせいか、いつになく反応が早い。
「がっ…」
くらっと、視界が揺れた。
「温泉に、入りに来たんでしょ」
揺れた視界の先に、オレを睨む綾香が見える。
「一応、そういうことになってるはずだ」
「なのに、誰かさんは浴衣も脱がずになにしているのかしら?」
そう言う綾香の、こめかみのあたりがひくついている。
寒さのせいか、羞恥のせいか、とにかく怒っていた。
怒りに染まった綾香の表情が、明かりの中にぞっとするほど美しく浮かび上がる。
「それとも、あたしの手で…脱がして欲しい?」
くびり殺さんとする勢いで、綾香がオレのほうへ手を伸ばした。
「…今回は遠慮しておきます」
そのオレの言葉に、ふう、とわざとらしくため息をつく。
だが、それで落ち着いたのか、気がそがれたのか、ぴりぴりした殺気に近い緊張感は
少しずつ消えていった。
「じゃ、早く入ってきなさいよ」
言い置いて、綾香の姿が浴場の中へと消える。
くしゅん、という声が、直後に扉の向こうから聞こえてきた。
「風邪、ひかなきゃいいけどな…」
命がけのどつき漫才の相手を失ったので、素早く浴衣を脱ぎ、綾香の後を追うことに
した。
浴場への扉を開けると、身体の横をかすかに風が通り抜けていった。
天井がないのが、そう思わせるのかも知れなかったが、思っていたよりも意外と広い。
中には薄ぼんやりとした照明があるだけで、様子がわずかばかり見えるだけだ。
視野に広がる、一面の光の粒。
プラネタリウムじゃない、現実の星たちが放つ光。
それは、これまで見たことがないくらいに多かった。
その空いっぱいの光を見上げて、綾香が立っている。
呆けたように立ち尽くす姿が、薄暗い光の中に浮かび上がっていた。
「綺麗…だね」
近づいていくと、綾香がぽつりとつぶやいた。
視線は、空へと向いたままだ。
「すごいわね。こんなに星、見えるなんて」
「…ああ」
背後から、両手を肩に回すようにしてもたれかかる。
「綺麗だな…」
そのまま、柔らかな綾香の肌を、腕で抱え込んだ。
そっと、綾香がオレの手に自分の手を絡ませる。
目の前にある髪から、ふわりといい香りが広がった。
「んふふ…」
甘えた声とともに、綾香が体重をあずけてくる。
心地好いぬくもりを感じながら、オレたちは無言で空を見続けた。
しばらく続く、二人だけの時間。
「人を好きになるって、不思議だよね」
「…なんか突然だな」
「うん…、あたしが浩之と知り合わないままでいた可能性もあったんだなって思うと、
知り合えて、ここにこうしていて、幸せに感じてる自分が不思議に思えてくるのよ」
そう言って、視線を宙にさまよわせる。
「浩之のこと…好きじゃないあたし、かぁ。なんか考えつかないな」
「出会う前はそうだったぜ」
「…なんか、それってウソみたいよね」
熱く潤んだ瞳が、オレを見る。
オレも、綾香の目にはこんな風に映っているんだろうか。
くちびるが、互いに吸い寄せられるように近づいていった。
ぼうっとした頭の中で、近づいてくる綾香の表情が――綺麗だな、と感じていた。
「これからも…綾香はオレのこと好きでいてくれるのか?」
「とりあえずは、ね」
「ありがと。それで充分だ」
言葉の終わりと、唇が触れるのが重なった。
ひきつるように、少しこすれる感触。
短いキスを終えて、綾香が笑った。
「身体、洗いっこしない?」
そのまま、洗い場のほうへ駆けて行こうとする。
「うわっと」
少し体制を崩した状態のまま、オレはずるずると引っ張られていった。
「ふんふんふーん…」
鼻歌まじりで、綾香はやけに嬉しそうだった。
洗い場は、狭い。
それでも一応、シャワーのホースが壁から二つ伸びている。
重ねて置いてあるイスを二つ持ち出して、並べて地面に置いた。
「んしょ…っと」
二人並んで、ぼーっと腰を下ろす。
肌が密着する感触。
左腕のあたりが、やけに暖かい。
「なんか、なつかれてるし」
「んーっ…」
のどを鳴らす声を出しながら、綾香が頬ずりをしてくる。
「なんか、猫化してるし」
「ごろごろ……にゃん」
目を細めて、綾香が甘えてくる。
オレも調子に乗って、ノドのあたりを軽く撫でてやった。
「よしよし」
「にゃーッ!!」
なんで、威嚇されなけりゃいけないんだ。
「…くすぐったかった」
「難しいもんだな」
「猫はくすぐったいの嫌いなの…」
上目遣いで、すねたふり。
…可愛い。
「やっぱり、飼い猫は綺麗に洗ってやらないとな…」
「…そう?」
反論は無視して、手ぬぐいに石鹸をこすりつけ、泡立てた。
それを、綾香の身体に這わせた。
まず、首筋から胸元へ。
「あ…」
恥ずかしそうに、綾香が小さく息を吐く。
胸のふくらみ全体をなで上げながら、時折先端に刺激を加えていった。
「ん…にゃあ……」
気分的に猫化モードが解けていないのか、綾香が舌を巻いた声を出す。
オレは、手の動きを止めなかった。
泡立った個所を広げるようにして、肌の上を何度も往復させる。
「んっ…」
目をつぶってきゅっと手足を縮こませたまま、時折綾香は可愛く啼いた。
「…にゃ……ふぁっ…」
少しずつ、綾香の息が荒くなっていく。
胸を取り巻いた白い泡の中に、つんと立った乳首だけが桃色に浮かび上がっていた。
手ぬぐいごしに触れると、すでに少し固くなっている。
柔らかく心地よい手触りを楽しみながら、先端とその周辺を、念入りに揉みほぐした。
「こっちは手ぬぐいナシな」
胸に寄せた手はそのまま動かしつつ、一度泡を洗い流してから、首筋に顔を寄せる。
唇を触れて、かすかに触れた舌で耳の下あたりまで舐め上げてやった。
「ふぁ…」
感じているときの、綾香の声。
うつむきながら、時折オレの動きにあわせて切なげに何度も啼く。
「他の場所も、洗っていいか?」
頬を触れながら、耳元でささやく。
綾香が、困ったように一瞬動きを止めて、そのあと小さくこくんと頷いた。
「おし、んじゃとりあえず…と」
正面から、抱き合う。
腕を回して、綾香がきゅっとオレの身体を抱きしめた。
その身体がかすかにまとっている泡が、自分の身体に触れて、くすぐったくも心地の
良い感触を与えてくれる。
「こっち…かな」
つぅっと、脇腹を経由しながら、腕を回して背中に触れる。
「あ…」
軽く力を入れて、綾香の背中に泡を拡げていった。
「そこ、気持ち…いい……」
吐く息とともに、小さな声が聞こえた。
触れ合った身体が、オレが腕を動かすたびに少しだけ揺れる。
「んじゃ、次はこっち」
ひょい、と身体を持ち上げて、オレのほうに体重を預けさせた。
少し身体を浮かせるようにしたので、綾香が膝立ちになるような格好になる。
「足、痛くないか?」
「ん…大丈夫」
上半身は密着させたまま、腕を下にずらしていった。
腰のくびれを過ぎて、お尻へ。
きゅっきゅっとすべる肌の上を、手ぬぐいで泡立てていく。
「んんー…」
微妙にくすぐったいのか、綾香は何度も身をよじるようにして逃れようとする。
「…がぶ」
「んぎゃ」
――首筋にかみつかれた。
甘えるように軽くだから、さほど痛くはない。
「…ここはやめときます」
こくこくと、かみついたままで綾香が頷いた。
ちくっと、その箇所に痛みが走る。
「いてててて」
「あ…」
慌てたように、綾香が歯を離した。
「ごめん、ちょっと血が出ちゃってる…」
なにかが、優しく傷口に触れた。
あたたかい感触が肌の上をすべっていく。
二度、三度と、綾香が舌で傷口を舐めてくれているようだった。
大した傷でもなかったのか、痛みはすぐにやんだ。
「ん…とりあえず止まった、かな?」
「んじゃ、続き」
止めていた腕を、ふたたび動かし始める。
腿の内側に、手を滑り込ませた。
「きゃんっ」
可愛い声とともに、綾香の身体がびくっと震える。
「そ、そこダメっ…」
当然、文句は無視した。
大事なところにはあえて触れずに、泡を伸ばすようにしながら肌の上に手を滑らせて
いく。
きゅ、きゅっと音でも出そうなくらい、なめらかな感触を何度も味わっていった。
「こっちも…な」
もう一方の手で、胸に触れる。
充血していそうなほど紅く固くとがった突起を、指先で挟み込んで少し乱暴にもみし
だいた。
「…んっ、ひ、浩之っ」
恥じるような耐えるような綾香の可愛い声が、少しずつとぎれがちになっていく。
「……だめ…もっ…」
息が荒い。
かなり高まっているのが分かる。
そっと、綾香の茂みを指でかき分ける。
ちゅぷ。
「…ふぁんっ」
触れると、綾香が可愛らしい声を上げて身をすくめた。
ちゅぷ、ちゅ…。
「はぁっ…」
くちゅ、と水っぽい音を立てて、オレの指が綾香の中に吸い込まれた。
すでに、かなり前から熱く湿っているはずだった。
頬を紅く上気させたままの綾香が、切なげな瞳をオレに向ける。
「浩之…」
その口から出かかったオレの名前を、オレは無理矢理唇でふさいだ。
唇をあわせたまま、綾香の中でゆっくりと指を動かす。
「んむっ……んっ…ふぁっ」
指の動きにあわせて、綾香が色っぽい吐息を漏らした。
いつも聞かせてくれる、綺麗に通る声。
「可愛いよ…」
言葉が、口から勝手に漏れ出していく。
「んんっ…」
その、オレの言葉に反応して、綾香の身体がぴくんと跳ねた。
連動して、指先を暖かな柔襞がきつく締め付ける。
「あぁっ…」
同時に、甘い吐息が綾香の唇から漏れる。
「…感じてる?」
分かりきったことを、あえて問いかけた。
「…馬鹿」
ちょっとすねた中に、甘えた響きのある声が返ってくる。
「もっと、綾香の感じた姿、見たいな」
胸の先の突起を、舌の先で転がすように愛撫した。
手のひらを使って逆側の胸を包み込むようにしながら、何度も何度も舌先を這わせて
いく。
「ん……ふぁっ…」
ぴちゃ、ぴちゃ、という音を立てるたびに、綾香が羞恥で耳まで赤く染まっていく。
「いや…そんな音たてないで……響いてるじゃない…」
ちゅ、ちゅるっ、ぴちゃっ。
返事をせずに、オレは同じように続けていった。
「んっ…」
ちゅく、ちゅっ…。
「……ぁ…」
強弱をつけて、綾香の敏感な場所を指先で転がした。
綾香の口から漏れる声は、すでに言葉の形を取っていない。
「…ふ…ぁ……」
甘い声とともに、綾香がオレの背中に爪を立てる。
一瞬遅れて、ふっと力が抜けた。
「んんっ…」
ぎゅっと目をつぶったまま、身体を丸める。
「…………はぁ……はぁ…」
ぷるぷると、小刻みに身体を震わせながら、綾香は昇りつめていた。
「温泉、一緒に入ろうよ」
微妙な空気の中で、綾香が明るくいった。
恥ずかしいのか、タオルを身体の前に持ってきて、隠すべきところを隠している。
いざというときには思いきり乱れるくせに、こういうときには妙に慎みがあったりす
る――ま、時には、なかったりするが。
その基準もよく分からないが、恥ずかしがる綾香も、そうでない綾香も、どちらもい
としく思えてしまうから不思議なものだ。
かけ湯をしてから、熱い湯舟にゆっくりと身を沈める。
「ふうーっ」
深く息をつきながら、手足を思いっきり伸ばした。
きらきらと星明かりだけが光る真っ暗な空を見ながら温泉につかるのが、こんなに気
持ちのいいものだとは知らなかった。
「んーっ」
向かい合った綾香も、同じことを思っていたようだ。身体を伸ばして、気持ちよさそ
うな声を出している。
「温泉も暖かくていいけど、人肌のぬくもりっていいよね…」
少し照れながら、綾香が腕を伸ばしてきた。
オレは、芯から温まりつつある身体を、綾香のもとに寄せる。
きゅっと、綾香の腕がオレの首をかかえこんだ。
押しつけられた柔らかな胸が、オレの目の前で窮屈そうにゆがんでいく。
「…好き」
耳元で、綾香がささやく。
温泉の熱のせいか、綾香のしぐさのせいか、くらむようなぼうっとした感情が、オレ
の中で渦を巻いていた。
想いがたまらなく高ぶっていく。それが、はっきりと分かった。
浮力を利用して、綾香の身体をお湯の中から抱え上げる。
そのまま、湯舟の縁に身体を下ろした。
しずくを身にまとったままの火照った肌が、熱いくらいに感じられる。
オレの胸に、綾香が顔を寄せていく。
ちろっ。
舌先が、肌を舐めた。
ぞくっと、背中からなにかが沸き上がる。
微妙なタッチのまま、綾香の舌が身体の上を這っていった。
「…うぁ」
「気持ちいい?」
舌を動かしながら、綾香の指が、今の攻撃で元気になってしまったオレのものに触れ
た。
ゆっくりと、触れた指先が上下に揺れる。
予期せぬ攻撃に、思わず、身体が震えるほどの快感が走った。
「…き……」
返事を返そうとした声が、のどに絡み付く。
「…き?」
「気持ち…いい……すごく」
それを聞いた綾香が、意味深げな笑みを浮かべて、さらに身体を下へとずらした。
一瞬の間があって、ぬるっとした、暖かい感触に包まれる。
ちゅっ。
先端から、粘液質のいやらしい音が漏れていた。
「…ん……っ…」
綾香のくぐもった声が聞こえる。
頭が、しびれるように何も考えられなくなっていたのは、温泉にのぼせたわけじゃな
いだろう。
見下ろせば、綾香の口が、オレを半ばまで含んでいた。
もちろん、初めてのことだった。
オレが戸惑っているのを知ってか知らずか、綾香は一生懸命に、口の中にある異物に
舌を這わせる。
それは、オレを気持ち良くさせたいという気持ちが、はっきり伝わってくるような愛
撫だった。
「……ぐっ…」
直接的な快感も、もちろんあった。
初めてにしては、驚くほどツボを押さえている。
口をすぼめて、舌を添えて、根元から先端まで丹念に包み込む。
ゆっくりと、綾香の頭が上下に動いた。
湿って重くなったのか、まとめ上げていた髪が幾筋か、身体の上に落ちてきていた。
綾香が動くたびに、それが肌の上で踊る。
「も…もういい」
「…ん……」
くぐもった声で、綾香が返事をした。
まだ、オレのものを含んだままだった。
「…いきなりでびっくりしたぞ」
オレの言葉に、綾香が顔をあげた。
「ちょっとだけ、勉強したの」
「…実地で?」
「やりようがないじゃない。浮気する以外は」
「………もしかして、した?」
「し、て、ま、せ、ん」
むきになって否定する。
すねたような表情が、可愛かった。
「…ほめるべきなのか? こういうときは」
「ほめられてもけなされても複雑な気分だけどね。でも、良かったって思ってもらえた
ら、嬉しい…かな」
横を向いて照れながら、言葉通り、綾香は嬉しそうだった
「じゃあ、お礼に…」
右手を、綾香の足の付け根へと伸ばす。
ざわっとした、濡れた体毛の奥へと、手を導いていった。
「浩之…」
火照った肌よりも、さらに熱い感触が、指先に触れる。
「…んっ」
声とともに、綾香が身体をこわばらせた。
息を止めて、すがるような目でオレを見る。
「どうして欲しい?」
オレはいったん指を止めて、意地悪く問いかけた。
「…もう、いじわる」
切ない瞳が、オレに向く。
「もっと、触って」
真っ赤になりながら、オレの耳元に小声で訴えかける。
「浩之に、もっともっと触って欲しいの。でないと、あたし…」
首から離れた綾香の片手が、オレの手を上から包み込むように押さえた。
「んっ…」
綾香の敏感な部分に触れている指を、自分の手で動かしていく。
「こうして、自分で…」
びくっ、びくっ。
「あんっ」
綾香の身体が、指の動きに合わせて細かく跳ねる。
「今日のあたし、ヘンだよね…」
言いながら、自分の指を積極的に動かしていく。
もどかしげに、切なげなその姿は、オレを誘っていた。
「いつもより、いやらしくなってるみたいだけど…こういう綾香も、いいかな」
「ひろゆきだから、なんだからね…」
「分かってる」
少しだけした意地悪を後悔しながら、指先に神経を集中する。
突然の刺激に、綾香の身体全体がぴくんと跳ねた。
肌の中側を揉みほぐすときのように、柔らかく力を込めていく。
ゆっくりとリズムを刻みながら、少しずつ、指先をずらしていった。
敏感な突起へと触れる。
「…あ……」
ぷるっと、綾香が身を震わせた。
「あたし、いつもよりどきどきしてる」
「もっとどきどきして、いいよ」
「…馬鹿」
綾香が、身体を起こした。
「…もう、我慢できなくなっちゃったじゃない」
寝そべったオレの顔を見下ろしながら、舌をぺろっと出す。
ものうげに動かされた腕が、顔にかかった濡れた髪をゆっくりとかきあげた。
綾香が、オレの足の上にゆっくりとまたがっていく。
ぴとっと、互いの足が密着した。
「あたしで、感じてくれてるんだよね、これ」
元気よく天に向くオレのものを、綾香が細い指でいとおしげに撫でた。
触れられるたびに、身体の中にしびれる快感が走る。
「感じすぎてるくらいだけど、な」
「…待ってて。いま、もっと気持ち良くしてあげる」
声とともに、綾香が腰を浮かした。
少し遅れて、ぬるっとした感触に包まれる。
「ひゃんっ…」
「うわっ」
二人の声が、同時に響き渡った。
「なんか、感じがいつもと違うよぉ」
「そうだな…。すごく…暖かいかな」
「熱い…くらい」
おへその下に手をあてながら、綾香が恍惚とした表情を浮かべた。
ほうっと、なまめかしい息を吐く。
「浩之の…あたしの奥まで入ってる」
「綾香のも…すごくHに濡れてる」
「そんなこと…んっ」
つながっているところが気になるのか、もじもじと足を動かしながら、綾香が艶っぽ
く微笑む。
「一緒に、気持ち良くなろうね…」
ちゅぷっ。
言葉とともに、綾香が身体を動かし始めた。
同時に、水っぽいものが重なり合う音が、何度も何度も、触れ合ったところから漏れ
ていく。
「………………んっ……」
熱い吐息が漏れるのと同時に、綾香の身体の奧まで、オレのものが入り込む。
薄暗い明かりの中で、重なり合った影は一定のリズムを刻んで揺れていた。
しばらくの間、お互いに身体を重ね合うことに没頭する。
「…はっ…はあっ……」
「んっ……やあっ…あっ…」
互いの息づかいが、静かな空の中に吸い込まれていった。
「やっ…止めちゃ……やだっ」
少しの間動きを止めると、おねだりをするようにオレを求めてくる。
「あっ、あっ、あんっ…」
そんな自分の動きに同期するように、綾香が声を上げはじめた。
鼻にかかった声が上がるたびに、表情が少しずつ解きほぐされて、快楽に甘えたもの
になっていく。
不思議と、猥雑な感じはしない。
それは、綾香が自分自身の快楽だけを求めているからではないから、なのかもしれな
い。
綾香は、オレと気持ち良くなることを望んでいる。
――そう思えた。
「んんっ…いいよ……浩之…」
オレの名を呼ぶ声が、かすれるように聞こえてくる。
「今日は、あたしの中でいって…大丈夫だから」
懇願するような、その言葉を聞いて。
頭の中が真っ白になった。
「んっ」
鼻にかかった声とともに、綾香が腰を揺らした。
からみついた粘膜が、オレを逃すまいと格闘しているかのようだった。
ざわざわとした締めつけが、身体の奥底から突き上げるように沸き上がる快感を呼び
起こしていく。
「綾香っ…」
柔らかな身体を腕の中に抱きしめながら、名前を呼んだ。
「あっ、やだっ、いっちゃうっ…」
同時に、綾香が身体を大きく振るわせながら最後の声を上げる。
それとともに、綾香の中にあるオレを、それまでにない締めつけが襲った。
何度も何度も、強く。
「あや…かっ…」
愛するひとの名前を呼びながら、達した。
びゅくっ、びゅくっ、びゅくっ。
ありったけの想いが、それとともに綾香の中へと流れ込んでいく。
「あ…ああっ……ぁぁん…」
少しだけ早く昇りつめて、おそらくは敏感になっているだろう綾香が、それに反応し
た。
綾香が、オレの胸に身を倒してきた。
絡めあった指先に、力がこもる。
きゅっと、きつく握りしめあった。
まるで、指先から逃げていくものを逃すまいとするかのように。
痛くなるほど、指先を絡めあっていた。
しんと静まった中に、二人の吐息だけがリズムを取るように響いていく。
身体中を走り抜けていった快感の波が、徐々に引いていき、それとともに照れくささ
と安心感が入り混じった、ほわっとした幸せが沸き上がってきた。
オレたちは、繋がったままでいた。
「…んっ…ふぁっ……ん…」
まだ少しだけ荒く息をつく綾香の身体を抱きかかえる。
握りあった指先には、何か大切なものが繋がっているような気がした。
身体と心を繋げたまま、しばらくの間、夜風に身をさらす。
暗闇の中には、オレたちのほかには息をするものもいない。
柔らかな綾香の身体は、オレの腕の中でゆっくりと息づいていた。
呼吸とともに、胸に触れた隆起が、少しだけ形を変えている。
その感触を楽しみながら、意識もしないまま、オレは指先を綾香の肌にゆっくりと這
わせていた。
「…ん……?」
それに気づいて、ぼんやりとした瞳で、綾香がオレを見る。
「どうか…した?」
「いや、なんか幸せだなぁって」
「ふふっ…」
一瞬遅れて、同意の笑みを浮かべた綾香が、頭をもたせかけてくる。
「幸せよね」
「そうだな」
言葉少なに、互いの存在を大切に感じながら、オレたちは抱き合っていた。
どちらからともなく、夜空を見上げる。
「ちょっと、のぼせちゃった。上がらない?」
「…そうだな」
お互いに、肌が桃色に染まっている。色っぽくはあったが…さすがに、ちょっとまず
いかもしれない。
「ここの露天風呂、朝までずっと入れるらしいから」
耳元で、綾香がささやく。
「…今度は、ゆっくりつかろうな」
「浩之が何もしなければ、そうなるんだけどね。あたしは…まぁ、どっちでも…いいん
だけど」
綾香はそういって、意味ありげに、笑った。
《終》
↓ これ次第で、作品が増えたりするかもしれません。
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