『世界のはざまで睦むもの』 〜 ONE 七瀬留美 〜





 目を閉じると、七瀬の綺麗な裸身が脳裏に浮かび上がった。
 照れと恥ずかしさがまじり合ったような、複雑な表情。
 まぶたを閉じて、何かをこらえるように熱い吐息を漏らすしぐさ。
 オレが入っていったときの、涙をこらえた笑顔。
 それが、薄れていく。
 制服の七瀬。
 笑っている七瀬。
 怒っている七瀬。
 楽しそうな七瀬。
 薄れていく…。
 思い出そうとすればするほど、それは記憶の網からすり抜けるように、手の届かない
ところへと去っていった。
 残ったのは、悲しそうな七瀬の横顔。
 公園で、ドレスを着て、誰かを待ち続ける姿。
 七瀬が、泣いている姿。



 学校からの帰り道、いつものように適当に商店街を覗いているオレ。
 横には、七瀬がいる。
 オレの…可愛くて大切な彼女。
 付き合い初めてからというもの、七瀬はおとなしい乙女らしさをあえて追い求める
ようなことはなくなった。オレが、別にそれを望まなかったからというのもある。
 七瀬は七瀬だ。無理をして、七瀬らしさを放棄することもない。
「あのさ、折原」
 並んで歩く七瀬が、少し身を寄せて声の調子を落とした。
 なぜか、回りを気にするように小声でささやく。
「男の子って、やっぱりいつでもHしたいものなの?」
 グシャッ!
 その問いかけに、オレは持っていたアイスクリームのコーンを握り潰してしまった。
 買ったばかりで、さすがにちょっと惜しい気がする。
「あ、ごめん、折原」
「…なんなんだ、突然」
 取り出したハンカチで、胸に飛び散ったアイスのかけらを拭き取りつつ、問い返す。
「唐突だったかな」
「当たり前だっ」
「ちょっと気になっただけなんだけど」
 恥ずかしくなったのか、赤い顔でうつむきながら、語尾が消えそうなくらい小さくなる。
「うーん」
 そんな七瀬を見ながら、オレはその問いを自分へと向けた。
「まあ、基本的にはいつでもしたいものなんじゃないか。好きな娘が相手なら、特に」
「じゃあ、今も…したい?」
「そうだな…七瀬がいいって言ってくれればな」
「そっか…そうなんだ」
 何かを考え込むように、七瀬が地面に視線を落とす。
「いいよ、って言ったらどうする?」
「え…?」
「ちょっと、いま折原に抱かれたい気分なんだ」
 言葉の裏に、甘えるような響きが混じる。
「お、七瀬もサカりの時期に入ったか」
「ネコじゃないって」
「冗談はともかく…どうしたんだ?」
「どうって言われても…」
 なぜか、いつもと違って答えの歯切れが悪い。
「あはは、どうしたんだろ、あたし。おかしいかな?」
「おかしくはないだろ」
「いつもは折原、迫ってきたりしないよね」
 ちょっといじわるな笑みを浮かべながら、七瀬がオレを見る。
「どうして?」
「七瀬のこと大事にしたいと思ってるし、好きだから、無理に要求するようなことは
したくないんだ。それに…」
「…それに?」
「無理矢理迫ったら、手が出るからな、七瀬は」
「そんなことしないよ、たぶん」
「いや、絶対に出ると思うぞ」
「出ないって」
「じゃあ、今すぐ、ここでする」
「出来るかぁっ」
 どがっ。
 …出たのは、足だった。
 いてててて…。
「う、嘘つき…」
「常識的なセンで考えなさいよ」
 呆れ顔で、七瀬がオレを見た。



 再び訪れる、長い闇。
 その中に、光が差し込む。
 浮かぶのは、初めて出会ったときの街角の風景。
 地面に倒れ込んで、オレを見上げる七瀬の姿。
 その横で困ったようにオレを見る、制服姿の少女。
 この子…誰だっけ?
 記憶をたぐっても、その名前は浮かんでこなかった。
 ナナセルミ。
 ミサオ。
 オリハラコウヘイ。
 そんな単語だけが、頭に浮かんだ。



「…やっぱり、なんか恥ずかしいかな」
 ベッドに横並びに腰掛けて落ち着いたところで、七瀬が少し赤くなった顔をオレの
ほうに向ける。
 ちょっと上目づかいの、その恥じた表情はいつになく可愛らしかった。
「…お互いさまだ」
 オレも、少し頬が上気しているのを感じていた。
 これからのことを考えただけで、胸が高鳴っていくのが分かる。
 七瀬のことを好きなんだ、とあらためて思う。
 横を見ると、胸に手を当てて深く息を吐いたところだった。
 思わずくすくすと、発作のように笑いが込み上げてくる。
「…どうしたの、折原」
「いや、なんか二人して緊張してるのがおかしくって」
「そうだね」
 ベッドに腰かけて、脚をぶらぶらさせている七瀬。
 その横で、所在なげに座るオレ。
 どう見ても、そういう雰囲気の二人じゃないな。
「今日は、大相撲見たりするなよ」
「…うん、しない」
 じっとオレのほうを見ながら、七瀬が素直に返事をする。
 瞳が、少しうるんでいた。
 艶っぽく濡れたくちびるが、かすかに開いている。
 …なんか、これはこれで調子が狂うな。
 頬に、指をそっと触れる。
 そのまま、あごをそっと持ち上げながら顔を寄せた。
 七瀬が、ゆっくりと目を閉じる。
 こういう時の七瀬は、可愛らしい少女になる。
 細い指が、オレのシャツをきゅっとつかんでいた。
 唇を触れた瞬間、その指先にかすかに力がこもる。
「ん…」
 甘い吐息が、触れ合わさった唇の端から漏れた。
 ゆっくりと、何度となく唇を触れ合わせたり、離したりを繰り返す。
 そのたびに、目を閉じた七瀬の口から、切なげな吐息が漏れる。
「七瀬…」
 名前を呼びながら、長い口づけを終えた。
「はあっ…」
 頬を上気させた七瀬が、うつむいて大きく息を吐く。
 その頭に手を回して、抱え込むように引き寄せた。
 耳元に、唇を寄せたような格好になる。
「好きだよ…ずっと、これからも」
 吐息がかかったのか、その言葉とともに七瀬の身体がびくっと震えた。
 耳たぶを、唇で優しく噛む。
 それにもまた、七瀬は反応した。
「ふぁっ…」
 切なげな吐息を漏らす、七瀬。
 もう一度、耳たぶをゆっくりと刺激した。
 軽く、歯を立てる。
 グミを食べるときのように、柔らかな感触を舌先で味わっていく。
「ん…折原っ…」
 七瀬が、オレの名前を呼んだ。
 奇妙な満足感が、オレの中に生まれる。
「きゃっ」
 前置きなく、首筋に舌を這わせた。
 びくっと、七瀬の身体が大きく揺れる。
「あ、驚いた?」
「ううん…」
 七瀬が、軽く首を振った。
 そのしぐさを確認してから、もう一度舌を当てる。
 今度は、七瀬はゆっくりと息を吐いただけだった。
 少し荒い、けれども規則正しい呼吸が、オレの耳に届く。
 それを聞きながら、何度も肌を舐めあげた。
 ときおり唇を寄せて、白い肌を強く吸い上げる。
「あとが残っちゃうよ…」
「かまうもんか」
「あたしがかまうんだってば」
 そう言いながらも、七瀬はそれを拒否する様子もなかった。
「誤魔化すの、大変なんだからね」
 だんだん高くなっていく声の合間に、不満げな文句が混じる。
「誤魔化さなきゃいいだろ」
「できるわけないじゃない…あんっ」
 ひときわ強く肌に吸い付くと、ふたたび甘えた声が上がった。
「もうっ…しょうがないか」
 結局、七瀬もあきらめて目を閉じた。



 また、長い闇から覚める。
 前の席で振り返った七瀬の目が、冷たくオレを見ている。
 その表情が、笑顔に変わる。
 教室で、はしゃぐ七瀬。
 廊下で、オレに蹴りを入れる七瀬。
 ころころと変わる表情は、いつまで見ていても飽きなかった。
 いくらでも思い出せる、七瀬の姿。
 たくさんの、七瀬との思い出。
 今のオレの脳裏に浮かぶのは、七瀬のことだけ。
 オレを想ってくれていた、少女のことだけだった。



 ベッドの上に乗って、七瀬の後ろに身体を寄せた。
 振り返った七瀬に、肩ごしに唇を寄せる。
 ななめ後ろからの、ぎこちない口づけ。
 柔らかい唇の感触を楽しみながら、オレは制服の中に手をすべり込ませた。
 お腹から上へと、肌の感触を楽しむように触れる。
 なめらかな手触り。
 指先の動きに合わせて、七瀬がこまやかに反応した。
 少しだけ、制服のすそをたくし上げる。
 そのままブラの上から、押さえ込むように胸に触れた。
 柔らかな布の下にある、柔らかな七瀬の胸が、手のひらいっぱいに感じられる。
「ん…」
 手のひらの下で、そのふくらみが形を変えるたびに、七瀬が声を立てた。
 ブラのホックを、指でさぐって外す。
 少しだけ余裕の出来た布と肌のすき間に、両手を差し入れた。
 ふにょっ。
 握ればつぶれてしまいそうな、マシュマロのような頼りなげな感触が、手のひらの
中におさまる。
 人差し指と中指の間に、少しだけ固い突起を挟み込んで、力を入れた。
「ひゃんっ」
 七瀬が、高い声を上げた。
 指に力を込めたまま、刺激を加えていく。
「…んっ」
 七瀬の胸がオレの手の中で形を変えるたびに、押さえたような声が漏れる。
 それが、次第に甘えを帯びた声へと変化していった。
 強く、弱く、変化をつけながら執拗に胸を攻める。
 ぼうっとした七瀬の身体からは、すでに力が抜けている。オレに身を預けるような
形になっていた。
 その身体を、そのまま腕で支えたまま後ろへと倒す。
 ぽふっと音を立てて、ベッドの上に七瀬の身体が横たわった。
 七瀬と、正面から向かい合う。
 胸に、顔を寄せた。
 すでに固く尖った桃色の突起に、ゆっくりと唇を触れる。
「んんっ…」
「ここ、固く尖ってるぞ」
「だから、どうしてそういうこと言うのよっ」
 オレの腕の中で、恥ずかしさのあまり七瀬がじたばたと身をよじらせる。
 その勢いで、飛んできた腕がオレの額にクリーンヒットした。
 くらっ。
 視界が、一瞬まわる。
「…えっ?」
 ふらついたオレを見て、逆に七瀬が驚いた。
 すぐに、慌てた声を出す。
「あっ、ごめん折原。大丈夫?」
「…あんまり大丈夫じゃない」
 軽く頭を振って、正気を取り戻した。
「仕返しだ」
 胸から手をずらして、脇の下にあてる。
 こちょこちょこちょ…。
 指先をくねらせて、くすぐった。
「きゃっ…」
 突然の攻撃に、七瀬が身体をすくませた。
 こちょこちょこちょ…。
「ちょっと折原、くすぐったいよ〜〜〜」
 必死で、身体をずらして逃げようとする。
 こちょこちょこちょ…。
 それでも、オレはやめなかった。
 逃さないように腕を絡めながら、執拗にくすぐる。
 七瀬が押さえられていた腕を抜いて、オレから離れようと必死に身体を動かした。
 がすっ。
 派手な音を立てて、今度はひじが額にあたる。
 くらくらと、ふたたび世界が回る。
 目の前に、星が散ったような気がした。
「ご、ごめん、折原…」
 目に涙を浮かべながら、泣き笑いの表情を浮かべた七瀬がオレを見た。
「また、仕返しする?」
「…もういい」
 七瀬の腕を取って、引き寄せた。
 不意をつかれた七瀬がバランスを崩してオレの腕の中に倒れ込む。
 その身体を、オレは抱きしめた。
 抱きしめながら、スカートの下へ手を伸ばした。
 素早く、下着の中に指を差し入れる。
「ちょ、ちょっと」
 突然の展開に、戸惑いを隠しきれない七瀬が弱々しく抗議の声をあげた。
 それを無視して、オレは指を進める。
 ざわりとした、体毛のなかを探った。
「あっ」
 七瀬自身に、ゆっくりと触れる。
 くちゅ、くちゅ…。
 すでに濡れていたそこは、オレの指先に応じてイヤらしい音を立てた。
「七瀬…なんか、すごいことになってるぞ」
 興奮を抑えながら、耳元でささやく。
「…言わなくても、いいのっ」
 耳まで真っ赤に染まった、七瀬がゆっくり首を振った。
 濡れた感触の中に指を沈ませながら、目を閉じた七瀬にそっと口づける。
 舌を差し込むと、七瀬もおずおずとそれに応えた。
 ちゅ、ちゅるっと、水気を含んだ音が口の端からもれていった。
「七瀬…もっと感じてくれ」
 言いながら、右手を動かして、裂け目の上にある小さな突起を探り出す。
 触れた瞬間、七瀬の身体が大きく跳ねた。
「折原、そこだめっ…」
 背中をいっぱいに反らせた七瀬が、小刻みに身体を震わせる。
「…感じるのか?」
 いやいやをするように、顔を左右に振る七瀬。
 オレは、指先に神経を集中させた。
 優しく、強く、柔らかく、指先の突起を刺激する。
 力が加わるたびに、七瀬が身をよじらせた。
 ちょうど内股になるような格好で、両足を閉じようとする。
 少し強引に、その中に手を差し込んだ。
「あっ」
 可愛く身を跳ねる姿を見ながら、指先に当たる箇所に力を込める。
「あんっ」
 さらに、もう一度。
「ふああっ」
 指先が、濡れた粘膜とこすれあって、くちゅくちゅと音を立てる。
「…いやっ…そこっ…いっ」
 ちゅく、ちゅく、ちゅるっ。
 七瀬のあえぐ声と、水っぽい音だけが、オレの耳に聞こえてくる。
「ヤダ、折原っ」
 きゅううっと、七瀬の中に入っていた指にきつい締めつけがあった。
「だめっ!」
 同時に、何かが弾けたように七瀬の身体が跳ねる。
「きゃんっ」
 ぎゅっと閉じられたまぶたが、小刻みに動いた。
 シーツの上に広がった指先が、何度となく開いてはまた閉じる。
 つかみきれない何かを、つかもうとでもしているようだった。
 力が入らないのか、指先はすべり、シーツのしわだけが増えていく。
 しばらくして、痙攣したように震えていた七瀬の身体から、ふっと力が抜けた。
「…はあっ、はあっ」
 息継ぎをするときのような、荒い息。
 うつろな目で、七瀬は虚空を見つめていた。
 七瀬から、指をゆっくりと離す。
「あっ」
 びくん。
 そんなオレの小さな動きにも、七瀬は大きく反応した。
「はぁ…っ」
 背筋を反らせながら、閉じたまぶたをきゅっと寄せる。
「あたしだけなんて…ずるいよ」
 弱々しく、七瀬が抗議の瞳を向ける。
 頭を抱きかかえるようにして、オレは七瀬に口づけた。



 意識が戻ってくる。
 ライトを浴びたように、浮かび上がる風景。
 夜の公園で、踊るオレと七瀬。
 ステップを踏むたびに、ドレスのすそがふわりと宙に舞う。
 照れたような、嬉しそうな、七瀬の表情。
 七瀬が、乙女になった瞬間。
 残像を残して、その姿が消える。
 そして、ふたたびすべてを闇が支配した。



「折原の好きなようにして、いいから」
 羞恥に身を染めながらも、七瀬ははっきりとそう言った。
「ああ」
 頷いて、身体の位置を入れ替える。
 七瀬の脚を取って、その間に身体を滑り込ませた。
 暗闇の中に浮かび上がる白い裸身の、足の付け根のところに小さな陰りが浮かび
上がっている。
 いっそうの興奮が、沸き上がってきた。
 七瀬は、何かに耐えるように、顔を背けたままじっとしている。
「行くぞ」
 オレが言うと、七瀬は不安げに指先を噛みながらこくりと頷いた。
 茂みの中に、指を這わせる。
 指先が、湿った場所に触れた。
「っ…」
 場所を確かめるようにゆっくりと、下半身を密着させた。
 次の瞬間、オレはするりと七瀬の中に入り込んでいた。
 あたたかな、ぴっちりとした感触に包まれる。
「んんっ…」
 腕の下で、七瀬が息を吐いた。
 オレの背中に回された腕が、かすかに震えている。
 二回目とは言え、苦しいのだろうか。
 オレは、半ばまで七瀬と繋がったままで、動きを止めた。
「大丈夫か…七瀬」
「う、うんっ。平気…だから」
 瞳の中に涙をためた七瀬が、笑顔を作る。
「こうしていると、折原のこと、強く感じていられるから」
 まばたきをすると、涙が瞳の中で弾けた。
 つうっと、顔を伝って、雫が髪へと吸い込まれていく。
「苦しかったら、言うんだぞ」
「うん」
 その返事に押されるように、ゆっくりと、身体を進めた.
 深く、七瀬と繋がる。
 その状態で優しく七瀬に口づけてから、オレは動き出した。
「っ…」
 声にならない声を、七瀬が上げる。
 オレを止めようとはしなかった。
 オレもただ、ひたすら動き続けた。
「うんっ…あっ……はあっ」
 最初は少なかった七瀬の声が、少しずつ増えていく。
 接合部に流れ出している愛液が、その量を増していた。
 ぬめりのある感触が回りを取り囲み、心地好い刺激を作り出していった。
「あっ、あんっ、あんっ」
 七瀬のあえぐ声。
 オレの身体の動きに合わせて、一定のリズムを刻む。
 ちゅく、ちゅぶっ、じゅっ。
 七瀬と繋がったところからは、濡れた粘膜のこすれあう音が響き続ける。
 何度も何度も、出入りを繰り返した。
 奥に入ると、根元をきつい締めつけが襲い、先はゆったりと暖かい感触に包まれる。
 七瀬の中をえぐるようにして戻るときには、それを逃すまいとするかのように、
粘膜が吸い付いてくる。
「んっ、んあっ、ひんっ」
 七瀬の高まりと同時に、オレも限界を超えそうになっていた。
「あっ…折原っ」
「七瀬っ」
 互いの名前を呼び合いながら、最後の瞬間へと駆け抜けていく。
 オレに組み敷かれた、七瀬の身体がはかなげで、この上なく綺麗に思える。
 オレに反応して声を上げる、いじらしい心がいとおしく思える。
「あ…あんっ、あんっ」
 背中に回った七瀬の指先が、痛いくらいに食い込んできた。
 ひときわ高く、声をあげる。
「ふぁっ……いっ…………っ…」
 長く発せられた声とともに、七瀬の身体が激しく跳ねた。
 肩を、胸を、腰を、なにかを振りほどくようにねじらせる。
 それと同時に、断続的に中の締めつけが増した。
 柔らかな襞の中で、搾られるような錯覚を覚えるほどの甘美な快感が襲ってくる。
「くっ」
 頭の中が、またたく光で満たされた。
 びゅくっ。
 身体の奥からせり出したものが、七瀬の中へと飛び出していく。
「あっ」
 びゅくっ、びゅるっ。
「んあ…あんっ」
 七瀬の声が、オレの動きに反応して発せられる。
 オレが最後まで放出し続けるまで、しばらくの間、その声は続いた。



 けだるい感覚が、全身を襲っていた。
 つっぷすように、七瀬の身体の上に倒れ込む。
 オレは、小さくなったものを、七瀬の中から引き抜いた。
「んっ…」
 ぴくんと、それに反応して七瀬が身を震わせる。
 とろりと、白濁した液体が流れ出して、シーツへ染みを作った。
「七瀬、好きだよ」
 力の抜けた身体を抱きながら、耳に顔を寄せる。
「ずっと、一緒にいような」
「…うん」



 ベッドの上で、七瀬がオレの胸に頬を寄せている。
 毛布よりも暖かい、触れ合う裸身が心地好かった。
「折原の気持ちが、あたしの中に吸い込まれてきたみたい」
 七瀬の声が、ぼうっとした頭の中に聞こえてくる。
 現実感が急速に失せ、七瀬以外の風景が形を崩していった。
「あのね、時々ふっと、不安になることがあるんだ」
 瞳を曇らせる七瀬。
 その姿すら、濃い霧のような不確かな視界の中に吸い込まれようとしていた。
「折原、優しくしてくれるし、あたしのこと想っててくれるし、どうしてそんな風に
考えちゃうのか分からないんだけど」
 オレはそれを、聞くとはなしに聞いていた。
「折原が、ふっといなくなっちゃうような気がして、不安に思うこともあるよ」
 不安。
「ある日突然、それまでの出来事が全部夢だった…っていう現実が突きつけられたりとか」
 夢。
 希望のない夢。
「突然折原がいなくなったりするんじゃないかとか」
 喪失。
 大切なものを失った時に感じる、絶望。
「だからかな、折原の手のぬくもりとか、身体の暖かさとか感じていると、そんな不安が
ふっとなくなって…」
 なぜか、それまであいまいだった七瀬の表情がはっきりと感じられた。
 それは、幸せいっぱいの笑顔。
 それは、オレが失ってしまった笑顔。
「ああ、今あたしは折原といるんだなぁって、そう実感できるんだ」
 ななせと、いる…。
 二人が一緒にいる、世界。
 やくそく…。
 七瀬との、約束…。
 約束だ。
 オレを求めてくれる世界。
 オレが求める世界。
 七瀬と出会った日から、それは七瀬のそばにあった。
『お兄ちゃんの世界は、ここじゃないんだね』
 頭の中に、声が響く。
「みさお…」
『世界が、変わったんだね』
 寂しそうな声。
『世界を変えてくれる人に出会ったんだね』
 一転して、嬉しそうな声。
 優しい光が、オレを包み込む。
『待ってるよ、お兄ちゃんのこと。ずっと待ってるよ、あの人』
 オレの脳裏に、七瀬の姿が浮かぶ。
 七瀬が…待ってる。
『行かなきゃ』
 そうだ、行かなければ。
 声が、遠くなっていく。
 それと入れ替わりに、強い光が近づいてきた。



 気がつくと見知らぬ場所にいた。
 懐かさを覚える場所だった。
 どこかの病室だろうか。白で統一された清潔な部屋の中に、空いたベッドがひとつだけ
据え付けられている。
 オレは、腕時計を見た。
 七瀬との約束の時間まで、もういくらもない。
 慌てて、オレは部屋を飛び出した。
 ふと、なにかに引き留められるように、扉をでたところで立ち止まった。
 振り返って、部屋を見る。
 誰もいない部屋。
 部屋の中に向かって、オレは意識もせずに
「さよなら、みさお」
と、つぶやいていた。
 それが誰の名前なのか、人の名前なのかすら分からなかった。
 だが、それはオレの心にとても切なく響いた。
 一瞬、部屋に戻りたい衝動にかられる。
 確かめるように、もう一度時計を見た。
 七瀬が待ってる。
 それが、オレの心をその部屋から引きはがした。
 もう、後ろも見ずに走り出す。
 その背後で、
『さよなら、お兄ちゃん』
 そんな声が、聞こえたような気がした。




《終》






























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