『崩壊』 〜 誰彼(たそがれ) 岩切 〜






「くっ……はあっ…はぁっ……」
 荒い息を吐き出して、岩切は苦しげにうめいた。
 失敗に終わった、蝉丸邸への襲撃の帰り道――。
 歩む岩切は、足取りもおぼつかないほどに弱々しく見える。
「…はっ……くぁっ………」
 よろめき、もたれかかった壁が大きな音を立てた。
 そのまま、身体を動かそうともせずに、大きく肩で息をつく。
 強化兵の――蝉丸の血が、岩切の身体に催淫のくさびを打ち込んでいた。
 いまや、狂ってしまいかねないほどの快楽への誘いを、かろうじてこらえているにすぎ
ない。
 岩切の指が、自らの秘部に触れようとして、躊躇したように止まった。
 いま自分が陥っている状態が、自らの慰めでは治まらないことを、岩切は十分承知して
いる。だが、理解していてもせずにはおれないほど、岩切の身体は高ぶっていた。
「……だ、誰か………」
 救いを求めるようにかぼそく、弱々しい声が、通路に響く。
 むろん、そこに人の気配はない。
「くっ……」
 立っていることが出来なくなり、岩切は冷たい感触の上にぺたりと腰を下ろした。
 そのわずかな刺激ですら、身体の奧から沸きあがるような快感へと変化していく。
「…だめ…だ…」
 立ち上がろうとしても、膝はがくがくと揺れるだけで、力がまったく入らなかった。
「ここまで、か……」
 ほんのわずかに残った理性で、岩切はそう理解した。
 欲望が満たされなければ、いずれ精神崩壊を起こす。
 闘いの中に生きてきた岩切にとって、それは屈辱の幕ではあったが、抗うこともできな
い。
 自分の無力さを、ここまで感じたことはいまだかつてなかった。
 絶望のあまり、身体から力が抜ける。
 その、一瞬の心の隙をつくようにして。
「……ふはぁっ」
 無意識のうちに、岩切の指は秘部へと添えられていた。
 触れた瞬間、電流にも似た甘美なしびれが、身体の奧から手足の末端までじわりと広が
っていく。
「…く……あぁ……」
 もはや、岩切の強化兵としての意識はどこかへ吹き飛んでしまっていた。
 ゆるりと、円を描くように指先を動かした。
 指先に当たるものは、これまでにないほどに固くなっている。
「……気持…い………」
 求めているものを得て、ほっとした吐息が岩切の口から漏れた。
 その指先をわずかに動かすだけで、これまでに感じたことのないほどの快楽が、身体の
中を何度も走り抜けていく。
 空いているほうの手で、胸のふくらみに触れた。
 やや小ぶりだが、感度は悪くない。すでに、先端は痛いほどに充血し、尖っていた。
 きゅっと、指先でそれをつまむ。
 ずんと、身体の奥からあふれるようなしびれが伝わってくる。
「あ……あっ…あっ……」
 声とともに、びくびくと岩切の身体が跳ねる。
 だが、達しない。
 寸前で、まるで何かに引き戻されるかのように、その波は去っていく。
 いくら待っても、荒々しい最後のうねりにはならなかった。
「………あはぁぁ……」
 それがもどかしく、岩切は乱暴に指を秘裂の中に入れ、激しくかき回した。
 くちゅくちゅ、ぐちゅぐちゅと、動きに合わせて濡れた音を響かせていく。
 その指先が、ざらりとした感触を探り当てた。
「……んんっ……」
 再び、岩切の身体が揺れた。
 火照る身体は、じんじんと疼きを発し続けるだけだ。
 とめどなく、秘壺からは愛液があふれ出している。
 岩切の心と身体は、狂おしいほどに次の瞬間を求めていた。
 足の指先をぎゅっと握るように縮めて、くるであろう快感に備える。
 ――だが、それはやってこない。
「…やぁ……いや………」
 いやいやをする子供のように、岩切の顔が左右に揺れた。
 中身をつかみ出しかねないほどの勢いで、胸を掴む。
 だらしなく開かれた口元から、涎がひとすじ落ちる。
 それが、地獄の始まりだった。



 男は、起きている異変を感じ取っていた。
 かすかな風に乗って、女が発するむっとするような臭気が流れてきている。
 そして、なにかをかき回すような、濡れた音も――。
「……」
 黙ったまま、小走りに通路の中を駆け抜ける。
 近づくほどに音は、やむことなく大きくなっていった。
「……ぁ…………」
 その中に、艶のある喘ぎ声が混ざっていく。
 男の目に、通路に座り込んだ人影が見えた。
 ――岩切だった。
 胸をはだけ、下半身をさらけ出して、汗と愛液まみれになってその行為に没頭している。
 瞳は焦点が合わぬまま虚空を見つめ、目元と口元には液体が伝ったあとが残っていた。
「放置していくわけにもいかないが――」
 近づいて、岩切の前に立つ。
「まだ、大丈夫なのか?」
 男の手が、岩切のあごに伸びる。
 指先が触れた瞬間、その身体がびくりと震えた。
「……ぇ…?」
 うつむき加減だった顔を少しだけ持ち上げて、瞳を覗き込んだ。
 とろんと、焦点の合わない瞳が男を見る。
 その中に、一瞬だけ正気の光が宿った。
「あ……」
 けだるそうに、岩切が片腕を伸ばした。
 男の首に、かろうじてそれが届く。
「……抱いて、くれるの?」
 嬉しそうに笑みを浮かべて、力の入らない脚をいっぱいに広げる。
 茂みの中に見える桃色の秘部は、熱く濡れそぼっていた。あふれ出したすさまじい量の
愛液が、肌を伝って地面の色を変化させている。
「…嬉しい……」
 誇り高く、かたくななまでに他者を寄せ付けない岩切の姿は、どこにもなかった。
 ――無邪気なほどに、惚けた笑顔。
 瞳の色さえ、いまは違って見える。
「……」
 男が、身を屈めた。
 脚の間に、顔を寄せる。
 岩切の指先は止まらず、動きは小さくこそなったものの、自らを慰め続けていた。
 その、小さく動く指の横に、男は舌先で触れた。
「……ぁ…あぁ……」
 びくんと、岩切の肢体が揺れる。
 指の動きが止まった。
 自らの身体を離れ、そっと男の頭に触れると、それを求めるようにぐいと股間に押しつ
けていく。
 その求めに応えようと――。
 ぴちゃ。
 男の舌が、大きく張り出した陰唇を大きく舐め上げた。
「あ…ぁぁぁぁ……」
 悲鳴に近い喜びの声が、通路の中に大きく響く。
 岩切が、腰を浮かした。
 背をそらして、びくっと身体を震わせる。
「……あ…ぁ……」
 艶のある高い声が、岩切の口の端から漏れた。
 軽く、絶頂に達している。
 ぴくん、ぴくんと、身体が小刻みに揺れていた。
「……本物…を、頂戴……」
 舌先がうごめくたびに、それを拒否するように、岩切は首を左右に振った。
「中に………、奥まで届くの……欲し…ぃ…の……」
 そうでなければ届かない、最後の瞬間への渇望。
 それだけが、いま岩切が求めるもののすべてだった。
 任務も、闘いへの誇りも、おそらくは自分の命すら、いまの瞬間には瑣事にすぎない。
「少し、待っていろ」
 男が、身にまとっていたものを脱ぎ捨てた。
 屹立したものが、冷たい空気にさらされる。
 男の意志とは関係なく、淫らな岩切の声や匂いに誘われて、すでに十分なほど固くなっ
ていた。
 それを、岩切の濡れた割れ目に添える。
「……きて………」
 声とともに、岩切が挿入を求めて腰をずらした。
 それだけで、先端の部分がじわりと中へ入り込む。
 同時に、男も腰を進め、根本まですべてを収めた。
「…ああぁぁぁぁぁっ……」
 岩切が、歓喜の声をあげた。
 男は、奥をついた反動で腰を引いて、中をかき回すように何度も前後していった。
「……ふっ…ぁ……」
 息を継ぎながら、岩切が身体を震わせた。
 同時に、男を包んでいたものの締め付けがきつくなる。
 その圧迫感が、男と岩切、双方の心地よさを高めていた。
「ふ…ふぁ……は……」
 男の動きにあわせるようにして、岩切が息を吐いた。
「……い…い……そこ……」
 男の動きが、変わった。
 根本まで埋没させるように腰を押しつけ、円を描くように刺激を加えていく。
「はぁっ……」
 ぎゅうっと、岩切が双脚で男の腰を絡め取った。
 手を伸ばして、男の背中で交差させる。
 奥まで突き込まれたものを確認するように、岩切はしがみついた。
 男が身体を揺らすたびに、それにしがみついた岩切の身体も連動して揺れる。
 冷えた空気の中に、二人の熱を持った息が吐き出され続けていた。



 どれほどの時間が経過しただろうか。
 繋がりかたを変えながら、男と岩切は飽きることなく身体を動かしていた。
 全身に浮かんだ汗が、身体を揺らすたびに肌を伝い、あるいは宙に飛んではじける。
「…くっ……」
 それまでの余裕が消え、男も息が荒くなりつつあった。
「あぁっ……、あ…ぁ……い…くっ……」
 それを迎えるように絶頂を迎え、岩切は叫んだ。
 信じられないほどの強さで、締め付ける。
「……っ」
 男が、体内から、いきり立ったものを取り出した。
 一拍おくれて、愛液にまみれてぬらぬらと光るそれが、跳ねる。
 びゅく、びゅくっと、震えながら白い液体を吐き出していく。
 最初の滴りは勢いよく飛び、岩切の胸から口元にかけて、白い染みを作った。
 残りのほとんどは、岩切の引き締まった下腹部を汚すように、落ちていく。
「…あ…ぁ………」
 びくびくと身体を断続的に震わせながら、岩切が息をつく。
「ん……」
 無意識の動作だろうか――。
 紅い舌先が伸びて、口元に飛んだ液体を舐め取った。
 ぞっとするほどに淫靡な表情が、一瞬浮かんで、消えた。



 男――光岡は、岩切を見下ろしながら立ち上がった。
「……落ち着いたか」
 放たれた精液を下腹部に受けて、弛んだ手足を投げ出すように横たわりながらも、岩切
の肢体は誘うように美しく見えた。
 心とは別にある、光岡の本能としての男が、疼く。
 ――犯せ。
 それは、そう囁いている。
 光岡は首を振って、その声から逃れた。
「お前らの思い通りには、ならん」
 身体の内側に向かって、宣言するように呟く。
「オレが望むのは――」
 それは、もう失ってしまった、透き通るような笑顔の持ち主。
 その、心と身体だけだった。




《終》






























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